太陽、虫、そして水。自然の中の危険から身を守る道具を。
米国南西部に位置するフロリダ州セイフティ・ハーバーに本拠地を置くソーヤーの歴史は、1984年に創業者のカート・エイヴリーが害虫や毒蛇などに危害を加えられた際に毒素を取り除くための「エクスラクター・ポンプキット」という応急器具の販売を始めたことからはじまった。
その翌年には僻地でのアウトドア活動に必要な医薬品や応急処置用品をまとめたファーストエイドキットを発表。その後、防虫スプレーや日焼け止めのほか、テントやアウトドアウェアに防虫効果を持たせるスプレーなどをラインナップに加えていき、創業以来、怪我や害虫、紫外線、飲料水から受ける問題を解決するための製品を揃えてきた。
2010年、同社の名を一躍有名にする製品が発表される。驚くほど軽く、手のひらサイズの浄水機「スクィーズフィルター」である。同社では、それ以前からドリンクボトルに浄水機能をつけた製品を手がけていたが、これを発展させたのがスクィーズフィルターであり、だれもが使いやすく、有害な病原体を宿したバクテリアや水性微生物を99.99999%除去するという高い浄水機能も評判になった。
スクィーズフィルター開発当時の昔話をしてくれたのは、創業者カート・エイヴリーの息子であり、現在は同社でマーティング・バイスプレジデントを務めるトラビス・エイヴリーである。
「初期段階では、人工透析なんかに使われる中空繊維が使えるだろうと考えて開発をはじめたんだ。でも、医療用の繊維素材では性能が高すぎてね。それで、繊維開発を得意とする企業に協力してもらって、飲料水を浄水するのに適した中空繊維を作ることにしたんだ。それが、いまスクィーズフィルターに採用している浄水メンブレンだ。はじめはドリンクボトルの飲み口に浄水機能を取り付けた製品を作ったんだけど、これは現在もトレイルランナーたちに好まれるタイプだね。当時、市場ではセラミックフィルターとか、カーボンフィルターを使った浄水器が主流だった。僕たちと同じような中空繊維フィルターを使った浄水器もあったけれど、メンブレンを通過させるために圧力を加えるためのポンピングを繰り返さなくてはならなくて、大量の飲料水をつくるには満足できるものではなかったんだ」
彼は、ソーヤー社製浄水器の特徴は「0.1ミクロンという大きさの均一な孔があいた中空繊維にある」と語る。スクィーズフィルターが採用する中空繊維は微細な孔(あな)が均一に形成されているため高い浄水能力を発揮するという特徴がある。その孔の壁も肉厚な構造であるため耐久性に優れ、フィルターが汚れてしまったときに浄水能力を復活させるための「バックフラッシュ」も確実な洗浄効果を上げることを可能としている。近年問題視されるマイクロプラスチックにおいても、100%除去する。
ちなみに北米などでは、浄水するための器具をふたつに分類している。一般的なアウトドア活動で使用するものを“ウォーターフィルター”と呼んで、有害な病原体を宿したバクテリアや水性微生物などを取り除くことが可能になっており、ソーヤーの製品もこれに含まれる。いっぽうアフリカや東南アジアといった地域を旅行するときに懸念されるウィルス感染のほか、有害な科学物質が溶け込んだ水を浄水するためには、より微細な物質を取り除く「ウォーターピュリファイヤ」と呼ばれる器具が必要となる。なお、日本語では便宜的に前者を“浄水器”、後者を“浄水機”とすることが多い。
ロングトレイル・ハイカーたちに絶賛された「スクィーズフィルター」の優れた浄水性能
トラビス・エイヴリーは10年前の出来事を振り返る。スクィーズフィルターの飛躍のきっかけは、米国の登山専門誌「バックパッカー・マガジン」でエディターズ・チョイス賞を受賞したことがきっかけだったと思い起こす。専門誌として全米一の発行部数を誇る同誌の人気企画であり、過去1年間に発売されたアウトドアギアのなかからもっとも優れた製品を選ぶ特集記事である。各賞を受賞したアイテムは広告などで大々的に宣伝され、各製品の販売に大きな影響を与える。
「2012年だよ。あのときソーヤーの知名度が一気に高まったんだ。とくにスルーハイカーと呼ばれる、数千キロにも及ぶロングトレイルを歩く人たちがこぞって使うようになった。メキシコ国境からカナダ国境へと米国西海岸を約4,260kmもの距離を歩くパシフィック・クレスト・トレイルのほか、米国東部にある全長約3,400kmのアパラチアン・トレイル。そうしたロングトレイルを歩く人たちは、5〜6ヶ月のあいだ飲み水を毎日得るために浄水器を使うヘビーユーザーだ。彼らが好んで使うようになって、僕たちの浄水技術がアウトドア活動において、より大きなインパクトを与えたんだよ」
前出のように、かつてのハイカーが背負っていたのは、より大型でかさばり、重量のかさむ浄水器であった。飲料水を得るためには、本体のポンプを毎日、何十回と上下させて濾過する必要があった。そうした時代に登場したスクィーズフィルターは、本体の重さわずか70g程度。大きさも手のひらに収まるほどコンパクト・サイズだ。しかも、毎日歩き続けて疲れた身体でポンピングを強いられる必要がなく、付属のパウチ(水入れ)に生水を入れて押し出すだけ。これだけで安全な飲料水を得ることができたのだから、ハイカーたちが飛びつくのも無理はない。
以前は登山に出掛けるとき、一緒に歩く友人たち全員分の水を作るために、ひとりだけが重くかさばる浄水器を背負わなくてはならかったことも不公平であった。だが、驚くほど軽量で効率的なスクィーズフィルターであれば、それぞれが個人装備として浄水器を持っていくことも苦労ではない。長期間にわたる海外遠征においては、パーティで数台持っていれば万が一の故障にも備えられる。
国内の山岳域のほとんどの地域には、山小屋が整備されているため安全な飲み水を比較的簡単に得ることができる。石清水など、きれいに透きとおった安全な水も豊富だった。しかし、北米や北欧、ニュージーランドなどのアウトドアフィールドでは川や湖の水には有害な水性微生物が含まれている可能性が否定できず、どれだけ清潔に見えても生水を飲むことは危険である。
筆者がアラスカを旅していたときには、友人のひとりが躊躇せずに毎日生水を飲んでいたため悲惨な経験をしたことがある。彼は川の水に含まれていた有害な水性微生物に犯されてしまい、少しでも食べ物を口にしたり、飲んだりすると、そのまますぐに排便をもよおしてしまう状態に陥った。そのため体力も、気力も低下して、1週間のあいだ荒野に張ったテントのなかで過ごさなくてはならなくなってしまったのだ。いまでは笑い話となっているが、僕たちは毎日下着のパンツを洗っていた彼の姿を思い出して「アンダーウェア・エマージェンシー」(下着の緊急事態)と呼んでいる。
日本国内においても、北海道ではエキノコックス症の疑いが排除できないほか、本州以南でも湧き水などの安全性は決して保証されたものではない。飲み水で体調を崩しやすい人などは、より安全な飲料水を確保したいと願うだろう。そうした人たちにとって、手軽で扱いも簡単なスクィーズフィルターは最適なソリューションとなる。
後半に続く。