2022.6.1.10am
6月1日、水曜日、ついに「UPIオンネトー」がオープンした。午前10時の開店前から、入口には、開店を待つ人々の長い列ができていた。
オンネトー野営場の広い駐車場は、10時5分前にはほぼ満車かという風景だった。控えめに言っても「ものすごくびっくり」である。これまで幾度もオンネトーへ来ているが、広々とした駐車場が車でいっぱいになっている風景を見たことは、一度もなかった。
そして午前10時、薄曇りの空の下、「UPIオンネトー」のドアが開いた。
PHOTO BY NEIL KUKULKA
混乱もなく、並んでいる人たちはゆっくり順番に店内へ入っていく。先着100名には、青と黄、スウェーデン・カラーのモーラナイフ「ベーシック511ブルー/イエロー」がUPIスタッフから手渡される(偶然それはウクラナイナ・カラーでもある)。受け取った人たちはとても嬉しそうだ。
テレビ局、新聞社など、メディア取材者の姿も。だが、浮かれ立つようなことはなく、人々は穏やかに、そして熱心に、並べられたUPIの商品に目を向けている。
木を基調とした店内は広々として、天井は高く、心地良い。大きなガラス窓の向こうには新緑の森と、樹木の間にオンネトーブルーが見える。素晴らしい施設だ。
客、スタッフ共に、笑顔。マスク越しでもそれはわかる。誰もがハッピーであることが伝わってくる。なんて幸せな初日だろう。
PHOTO BY NEIL KUKULKA
帯広から車で2時間かけてやって来たという50代の夫婦。男性は目を輝かせながらこう言った。「この場所に、こんな素敵な施設ができるなんて考えたこともなかった。オンネトーは初めて来たんだけれど、これからはもっと来ようと思う」
ロコ・ソラーレの大活躍で、今や「カーリング・タウン」になった北見からも、大勢の人がやって来ていた。10時前から並んでいたという北見の20代の男性は、「オンネトー野営場が好きで、夏にはよく来ています。自分が好きな場所に、UPIのショップができて嬉しい」
「モーラナイフ・アドベンチャー in Japanに参加した」という人にも会った。「来年こそはまたここでアドベンチャーをやって欲しい、そしてまた参加したい」と熱心に語っていた。
店内にはシャワールームもある(有料)。携帯電話の繋がらないオンネトーだが、施設内でWi-Fiアクセスが可能になった。
UPIが扱うブランドの人気商品が並ぶ。奥には椅子、デスク、テーブル、ソファなど置かれ、誰でも利用可能。コーヒー、ビール、炭酸飲料なども。軽食をサービスする計画だ。
「UPIオンネト−」の役割は大きく3つある。ひとつは、「オンネトー国設野営場」の受付。2つめは、オンネトーの深い自然と、近隣に暮らす人々の営みや文化、それらの魅力を発信する施設であり、足寄町を中心とした道東エリアの観光案内の基地になること。
そして3つめは、UPIブランドを販売するショップとしての機能だ。モーラナイフをはじめ、ウールパワー、サスタ、サヴォッタ、ケリーケトル、ソロストーブ、レンメルコーヒー、ダーラム、タキビズム……などなど、UPIの人気ブランドが、北海道、道東の原生林の奥、携帯電話の繋がらないような森の中に並ぶというのは、なかなかすごいことだ(店内ではWi-Fiにアクセス可能)。札幌でもニセコでもなく、オンネトーの湖畔に、北海道初のUPIショップが生まれたという奇跡。
ハンモックを借りてオンネトーで「ハンモック・トリップ」。
焚火台もレンタルできる。ぜひTAKIBISM「JIKABI」やKelly Kettleなどを試してほしい。
「UPIオンネトー」には、その他にもミッションがある。TAKIBISMの焚火台「JIKABI」や、ハンモックなど、UPIの扱うアウトドア・ギアのレンタルサービスだ。そして、グリーンウッドワークやブッシュクラフトなど、各種ワークショップの開催。トレッキング、サウナなどのアクティビティや様々なアウトドア・イベントも計画している。アウトドアのそれぞれの分野に精通したマイスターたちが講師としてこの場所にやって来る予定だ。
ショップでは、気軽にスタッフに問い合わせよう。スタッフはみんな「良いものを伝えたくてウズウズ」している。
ショップ前では火が焚かれ、その周りに自然と人が集まる。ここは「人々の交流の場」であり、「旅人の宿り木」でもある。
旅の始まり、村石靖さんとの出逢い。
UPI(Uneplage International Co.,Ltd.)代表の本間光彦は、オープン前日、「UPIオンネトー」の大きなガラス窓をごしごし拭いて、床掃除をし、あらゆる雑用仕事に勤しんでいた。オープンの日には、いちスタッフとして客に真正面から向き合い、代表の本間に対して名刺を出してくる相手には、真摯に言葉を返していた。
「初めてオンネトーに来てから足かけ5年くらい経つと思いますが、今思えば、実はここまでがひとつのプロジェクトだったような気がします。良いご縁によって、素晴らしい旅に参加できました」と本間は歓びを語った。
そんな「旅」の始まりの頃に出逢った人物が、村石靖さんだった。
2017年10月9日、本間が北海道足寄町役場を初めて訪問したとき、村石さんは足寄町役場の、経済課林業商工観光室、商工観光エネルギー担当主査という肩書きだった(現在は異動し別の役職に就いている)。
それは夕刻、役場が閉じる直前の時間だった。テーブルを挟んだ向かい側に座る村石さんは、言葉は多くないが、柔らかな笑顔の人だった。
本間と(つまりUPIと)最初に出逢った人が村石さんであったことは、UPIの旅の幸運の始まりだった。人は日々、数多の選択をしながら生きている。村石さんとの出逢いは、誰が仕掛けたのかはわからないが、幸運の選択だったと言えるだろう。
足寄町役場の村石靖さん。野外で遊ぶこと、自然の中に身を置くことを愛するアウトドアマンでもある。
「あの日のことは、鮮明に憶えています」と村石さんは、いつもの笑顔で語った。
「本間さん、寒川さんたちが役場にやって来たとき、私が直感したのは『面白そうだな』ということでした。皆さんを見て私は、同じ匂いのする人たちが(ついに)やって来た、と感じていました。『これは遊びの仲間たちだ』と。この案件は自分で担当するぞと思いました」
足寄町役場でスーツに身を包む村石さんだったが、実は、それは「仮の姿」だった。村石さんはこう言った。
「役場公務員は私の世をしのぐ姿、アウトドアのフィールドにいる私が、本当の私、かもしれません(笑)」
「私は茨城県の生まれです。田んぼで蛙をつかまえて遊ぶ子供でした。外遊びがもっとしたくて北海道にやって来たんです。夏はカヤック、冬は雪山スキー、その合間にキャンプや登山。20代の頃にニュージーランドへ行きました。10日間ほどの滞在は、ホテルには泊まらず、テントを張ってずっと野営していました。そこには、裸足でスーパーマーケットへ行って、普段着で山を歩いている人たちがいました。アウトドアは日常でした」
「スキーで急な雪の坂を駆け下りたり、渓流をカヤックで滑ったり、そういうアクティブなことがアウトドアの醍醐味だと思っていました。ところが、寒川さんの焚火や、スウェーデンの木工作家ヨッゲさんの野外でのカービングは、『静のアウトドア』でした。私の知らないアウトドアがまだあった」
「私が初めてオンネトーで野営したのは、もうずいぶん昔。6月の始め、山開きの頃。霧がかかっていて、そのあと雨が少し降りました。早朝、樹の葉から大粒の雨だれが落ちてきて、テントに跳ねる音で目覚めたことを憶えています。楽しい想い出です」
「オンネトーは『静のフィールド』。最初そんなに面白い場所だと思っていなかった。でも、UPI主催のモーラナイフ・アドベンチャーに参加して、『野外で、こういう過ごし方もあるんだ』と、オンネトーの面白さ、この場所の奥深さを教えてもらった」
「ここは別格です。うまく言えませんが、何かが違う。これからこの施設を基点に、いろんなアドベンチャーツーリズムをやれたらいいなと願っています」
2022.6.4.8am
雌阿寒岳、山開きの朝、「UPIオンネトー」で、山の安全を祈願する祀事が執り行われた。
足寄神社の宮司、松山智博による祝詞奏上に始まり、渡辺俊一足寄町長、NPO法人あしょろ観光協会の山下昇理事長、環境省釧路自然環境事務所の笹淵紘平所長、十勝東部森林管理署の三橋博之署長ほか、山と森を護る人々が一堂に会した。「UPIオンネトー」のオープニング・セレモニーも兼ねた、山の安全祈願祭。UPIからは代表の本間光彦、副社長の本間輝彦、アドバイザー寒川一が参列した。
セレモニーのシメは、寒川のガイドによる、(宮司以外)全員参加のフェザースティック作りと、メタルマッチによる火熾しだった。足寄町の渡辺町長以下みんなが削ったフェザースティックに、観光協会の山下理事が着火した。
観光協会・山下理事と環境省・笹淵氏の腕前が特に見事だったフェザースティック作り。苦戦している人もいたが最後には無事削り上げた
山下理事が見事に着火。焚火の炎がいつも絶えない、あたたかな場所になっていくだろう。
「自然の中で、あたたかく生きる人々と共に」。UPIの理念を形にした施設が生まれた。
寒い土曜日だったが、やはりこの日も大勢の人々が訪れた。UPIアドバイザーであり、焚火カフェの主、寒川一は、午前から夕刻までずっと、外で焚火を燃やし続けていた。訪れた人たちにレンメルコーヒーがサービスされ、子供たちはマシュマロを焼いた。まさに「Just an another day of paradise」。楽園と聞くと南洋の島や浜辺を連想するかもしれないが、北欧やアラスカをはじめ、北にも数多の楽園がある。
オンネトーという北の楽園だ。「UPIオンネトー」は、北の楽園への新しいゲート(門)である。
最後に、素晴らしい2人の門番を紹介したい。
アメリカ人のニール・ククルカ。京都の大学に学び、福島などでの英語教師の仕事を経て、大好きなアウトドアの仕事をしようとUPIへ。UPI 鎌倉とUPI 表参道ではクラフトビールの名サーバーとしての役割も担っていた。日本語はぺらぺらだ。
そして、UPI 京都店に勤めていた押谷啓汰。滋賀県大津の生まれだが、育ちは北海道。北の大地は第二の故郷と言えそうだ。そして、これもまた偶然=ご縁だが、ニールと押谷は、年代は違うが、同じ龍谷大学の学生だった。押谷はUPI オンネトーの店長を務める。
「子供の頃から家族でキャンプに行っていました。アウトドアが大好きでUPIにアプライし、入社1年半です。京都は夏がとても暑いので、その間ここで過ごせるのは最高です。この場所から、北のアウトドアの魅力を存分に伝えていきたいと思います」押谷啓汰。
「昔、日本に来る前に、アメリカ東部のアパラチアン・トレイルを少し歩きました。トレイルのそばの町には、ギフトショップやアウトドアショップの他に、土地のクラフトや音楽を楽しめる場所があった。アメリカには素晴らしいアウトドアの歴史や伝統がある。この場所で、僕がこれまで体験してきたアウトドア・カルチャーについても表現していけたらいいなと思っています」ニール・ククルカ。
PHOTOGRAPHY BY YUKO OKOSO
TEXT BY EIICHI IMAI