もし、UPIがレストランを作ったら!?そんな遊び心から生まれた架空の「UPIレストラン」。
北欧ソト料理家で、UPIナビゲーターシェフ寒川せつこが毎号ゲストを招き、共にお客様をもてなします。第1号のゲストシェフは、阿寒湖でアイヌ料理店を営む郷右近富貴子さんと、母の床みどりさんです。
阿寒の森へ、初夏の恵みをいただきに
6月の初め、富貴子さん、みどりさん、せつこの3人で、山菜を採りに阿寒の森に入った。長い冬を耐え、初夏を迎えた森は命のエネルギーで満ち満ちている。
阿寒湖につながる小川沿いでコゴミがたくさん採れると、先頭を行くのは富貴子さん。「山では、杖ついて歩かないと」。枝でぬかるみを確かめながら進む背中がたくましい。
阿寒湖に続く小川沿いの道にて。あたり一面を覆うシダ植物がコゴミで、その新芽を探しに出かけた。
コゴミにはワセとオクテがあり、オクテが地面から顔を出すのが6月初旬。
富貴子さんもみどりさんも、小さい頃から家族と一緒に山に入った。
山菜やきのこを採りながら、「これは食べられる」「ヨブスマソウはアイヌ語で水を飲む草。茎が空洞になっていて、ストローがわりになるんだよ」と、いろいろなことを教わった。「アイヌの人たちの叡知がつながっていますよね」とせつこ。
フキの群生地にて、モーラナイフを手にするみどりさん。山菜は食べる分だけいただき、株を全部切ってしまうようなことはしない。
緑色の筒状のものがヨブスマソウ。アイヌの人たちはこれをストローのようにして湧水を飲んだ。筋があるのがフキ。
阿寒の森の初夏の恵み。左より、フキ、イケマ、コゴミ、ヨブスマソウ。
せつこがこれまで接してきたサーミの人たちにも、北の大地で生きる知恵が受け継がれている。サーミ人とは、スカンジナビア半島北部の北極圏を中心に暮らす先住民族で、現在も先祖代々続くトナカイの遊牧が暮らしの中心である人も多い。
この時期の松の新芽は、生まれたての赤ちゃんのよう。料理に使う分だけそっと摘ませてもらう。
せつこがこの日、森で分けてもらったのが松の木の新芽だ。つい数日前に生まれ出たであろう黄緑色の新芽は、柔らかく、爽やかな香りがする。
スカンジナビアでも松の新芽を使う。森での料理はトナカイの肉を焚火で焼いたりとごくシンプル。だから、森からいただいたものが最高の調味料や付け合わせになる。
アイヌとサーミ。どちらも北方民族であり、その暮らしは森と共にある。もし彼らが同じ火を囲んだら話が尽きないだろうな、と思う。
オンネトーで火を熾す
阿寒の森からオンネトーに戻り、本日のUPIレストランの会場となる湖畔で火を熾した。
オンネトーは原生林の深い森の奥にある湖で、アイヌの人たちにとってかけがえのない場所。
さらに、アイヌにとって火の神様(アペフチカムイ)は一番身近で大切な存在であり、この火の神様を通じていろいろな神様に言葉を伝えてもらうことができる。家の中心にはいつも火があったと、みどりさんが教えてくれた。
神秘の湖と呼ばれるオンネトー。湖畔にエゾオオサクラソウが咲いていた。
オンネトーの湖畔で火を熾す。森の神様は、アイヌの人たちが囲む火を見守ってきたのだと思うと感慨深い。
火を熾すのは、ここで料理をするためだ。薪は森から調達する。そこに小さな火が熾るだけで、あたりの空気が一変した。森や湖の精霊たちの視線が集まってくるような。
さて、本日のメニューは……。
「トゥレップのピザ」by富貴子&みどり
「エゾ鹿のニューサマーステーキ」byせつこ
の2品。どんな料理かはお楽しみに。
アイヌの宝、トゥレップでピザを
トゥレップとはオオウバユリの球根のこと。本州でいうところのゆり根で、その原始的なものだと富貴子さん。
「アイヌの人たちは、昔からトゥレップをとても大事にしていました。球根を臼に入れてつき、ねっとりしたところを水に溶いてデンプンを取ったのです。最初に取れるきれいなものは薬に。2番目に取れるものはだんごに。残りのほぼ繊維のようなものは、少し発酵させてから真ん中に穴を開けて乾燥させ、とろみをつけたいときに使いました」。
今回は、そのトゥレップをついてねっとりしたものを生地にして、焚火でピザを焼くという。トゥレップは潰さずに丸焼きにしてもおいしいそうだ。長芋に近いとも。その未知なる料理にせつこの好奇心がむくむくと立ち上がる。
その場でこしらえた柳のすりこぎも加わって、みんなでトゥレップをつく。アイヌの歌のリズムにのせて。
トゥレップにはオスとメスがあって、オスの周りにメスが群がっているというからおもしろい。メスの中から大きい株をいただいて、小さいのは残すのだそう。
「おもしろいですよ。お、ハレーム発見! みたいな」(富貴子)
「メスがいっぱいいたらモテ男ってことね」(せつこ)
「モテ男からいい女をこっちがチョイス、ですよ」(富貴子)
いざ、みんなでトゥレップをつく時に、みどりさんがアイヌの歌を口ずさんだ。
「ヘッサ イウタ ヘッサ、ヘッサ ニスフチ ヘッサ〜♪」
ヘッサは掛け声、イウタは杵、ニスフチは臼という意味。
「つく杵よ、臼さんよ。という感じですかね。臼でつく時の作業歌です。3〜4人で歌と動作と呼吸を合わせてやると、効率もいいし疲れない。楽しいですよ。笑いながらね」
そうこうしているうちにねっとりしてきたトゥレップを鉄皿に平らに伸ばし、ピザソースを塗って、好みの具をのせていく。午前中に採ってきた山菜もたっぷりと。
タキビズムの「フライパンディッシュ」に、トゥレップの生地を直接のばし、具をのせて焼いていく。
薪の香りをまとい、いい感じに焼けたトゥレップのピザ。その場で切り分けて食べてみると本当においしかった。
トゥレップが独特の食感で、粘りがありながら、繊維のシャキシャキ感も残っている。山菜のコゴミやイケマはアスパラガスに近い味わい。チーズやベーコンがいいアクセントになり、春の森の恵みを際立たせていた。
エゾ鹿の肉をスカンジナビアスタイルで
スカンジナビアの肉料理といえばトナカイだが、ここではエゾ鹿を使用。塊肉に塩・こしょうをして、午前中に摘んだ松の新芽を散らし、焚火にかけて熱した脚付きの鉄板へ。
松の新芽は手のひらでたたくと香りが立つ。
焚火台にセットしたダーラムの「グリドル」。火力を調整しながら調理できるのがいい。
初夏のエゾ鹿は、食糧の乏しい季節を越したばかりで脂が少ない。逆に秋は脂をしっかり蓄えているそうだ。
そうか、野生の肉は、いや本来、動物の肉というものは、季節で味わいが違うものだ。スーパーで買う肉に慣れてしまった現代人は、そんな当たり前のことにハッとする。
途中で上下を返し、鉄板ごと焚火から外して少し休ませてから切り分ける。
まずはソースをつけずにそのままひと口。松の香りがふわっと鼻に抜ける。身はしっとり柔らかく、かむごとに赤身肉の旨みが広がる。爽やかな風味がいいアクセントに。
スカンジナビアの料理に欠かせないベリーのソースは、地元・足寄町の特産品である木苺のジャムに、ラズベリーとクランベリーを加えた即席ソース。市販品にフレッシュベリーを加えるだけでも食感が楽しくなる。
「エゾ鹿の肉と松の葉っぱを食べて、森を丸ごと食べている感じね」
みどりさんが言った。
これならお客様にも森を感じてもらえると、みんなの顔がさらにやわらかくなった。
シェフたちの試食タイム。「本当にこんなレストランがあったら最高」と夢がふくらむ。
トゥレップのピザ
■材料(2枚分)
トゥレップ(またはゆり根) こぶし大の株2個分ほど
ピザソース 適量
溶けるチーズ 適量
山菜(コゴミ、イケマの新芽など) 適量
好みの具(玉ねぎ、ミニトマト、ベーコン、行者ニンニクの醤油漬けなど) 適量
油 少々
■作り方
1 トゥレップの生地を作る。トゥレップは一片ずつはがし、汚れなどを取り除き、生のまますり鉢などに入れてねっとりするまでつく。
2 山菜はそれぞれ下ゆでする。具材は食べやすく切る。
3 鉄皿などに油を塗って1の生地を平らに広げる。ピザソースを塗り、玉ねぎ、チーズを乗せ、山菜、トマト、ベーコンを乗せ、みじん切りにした行者ニンニクを散らす。
4 鉄皿ごと焚火にかざして焼く。
エゾ鹿のニューサマーステーキ
■材料(4〜6人分)
エゾジカ(外もも肉塊) 1kg
松の新芽 適量
岩塩、こしょう 各適量
ベリーソース(木苺のジャム。好みでフレッシュベリーを加えて) 適量
■作り方
1 エゾジカは、腱などがあれば取り除く。
2 塩、こしょうをして松の新芽を散らす。
3 鉄板をよく熱し、オリーブ油をひき、肉を乗せる。薪の火は家庭用コンロの中火ぐらいをキープしながら焼き、途中で上下を返す。
焼き加減はお好みで。ある程度焼けたら火から離し、アルミ箔に包んで5〜10分休ませ、余熱で火を入れる(鉄板から離す場合はアルミ箔で包み、さらにタオルで包むといい)。
4 食べやすく切り分け、塩、こしょうをして、松の新芽を散らす。ベリーソースを添えて。
■今回使用したUPIアイテムはこちら
ピザを焼く時、タキビズムの焚火台「ジカビ」は、よくここまで計算されたものだと実感する。
まずは焚火台の薪の上に鉄皿「フライパンディッシュ」を乗せて直火で焼き、底が焼けてきたら焚火台のパンの下に移して具材がのった上面を焼く。直接火が当たっていなくても、焚火の遠赤外線でいい感じに焼ける。
>>TAKIBISM「ジカビ」
>>TAKIBISM「フライパンディッシュ」
ダーラムの「グリドル」は脚付きのフラットな鉄板。焚火台の上にセットし、薪の火を調整しながら調理ができる優れものだ。
スウェーデン製だからだろうか。スカンジナビアスタイルの料理がすっと馴染む。
>>DALUM「グリドル」
ピザや肉を切り分ける時に重宝するのが、モーラナイフの「カンスボル」。
刃先にかけて薄くなっているので、精巧な作業ができるのが特徴。刃元は厚いのでバトニングもお手の物。
軽くて丈夫なオールラウンドなナイフ。
>>MORAKNIV「カンスボル」
UPIのメンバーが、こんなレストランがあったら!を体現してみた一日限りの架空のレストラン。毎回ゲストシェフを迎え、UPIナビゲーターシェフ寒川せつこ(北欧ソト料理家)と共にお客様をもてなします。
人と場所、その季節の旬の食材など、一期一会から生まれる料理はどんなものになるだろう。客席には焚火や暖炉などの火があるといいな。そこからコミュニケーションが生まれ、ときには沈黙の時間があるかもしれない。そんなステキな時間に寄り添う料理でありたいね。
二人の料理人のメニューミーティングは、それは楽しく、新たな発見でいっぱいです。次回はどんなゲストが登場し、どんな料理がメニューにのるか、どうぞお楽しみに!