ダイコープロダクト、想像を創造する、香川のもの作り 〜日本のもの作りを旅する その2〜

「手袋」と「バッグ」の二刀流。

 日本各地にいる、さまざまな「もの作りの職人」たち。作家、アーティストと呼ばれる人もいるが、多くの職人たちは、無名の「アルチザン」として、日々の仕事に勤しんでいる。全国に、寡黙なアルチザンがいる。

 フランス語で「artisan(アルチザン)」、イタリア語なら「artigiano(アーティジアーノ)」と呼ばれる彼らは、「卓越した技術を持つ職人(skilled craft worker)」たちのことだ。

 香川県さぬき市大川町にある、「ダイコープロダクト」で働く人たちもまた、アルチザンである。

 ダイコープロダクトは、「手袋(グローブ)、バッグ、小物雑貨」などを製造する会社だ。「ぼくがよく言うのは、うちは『手袋とバッグの二刀流工場』ということです」、代表取締役社長の川北康伸が語る。

「外見や用途から、手袋とバッグは別ものと思われますが、どちらも『袋』。素材は用途によって異なるので一概に言えませんが、基本的な作りとしては、手袋もバッグも、材料を型抜きして縫い合わせる袋です。もちろん、手袋の生産チームと、バッグ生産チームは、分けて、それぞれの専門性を高めるようにしています。でも、共通するところも多く、うちで働いている職人さんたちにとって、バッグと手袋は、まったく違うことをやっているという感覚はないと思います」

 なるほど確かに、バッグを漢字で書くと、「布袋、革袋、紙袋」などとなる(化学繊維ほか、素材は様々だが、広く一般的な表現として)。バッグもグローブも「袋」なのだ。これまでそんなふうに考えたことはなかったけれど。

「技術における専門性は高めつつ手がけるアイテムの種類を増やし、仕事の幅を広げていけたらと考えています。多種多様なもの作り、というのがダイコープロダクトだと思っています。こういうものがあったらいいな、というのを形にしていきたい」代表の川北さんは力強くそう語る。

 ダイコープロダクトのホームページには、「想像を創造するものづくり企業」と書かれている。

 高松の鉄作家、槇塚登と、UPIアドバイザーの寒川一らが関わって生まれた焚火グローブの製造を手がけているのが、ダイコープロダクトだ。焚火マイスターである寒川がずっと探し求めてきた「焚火のとき、自分の素手に近い感覚で使えるグローブ」。寒川の、「こうだったらいいな」というイメージ、想像を、ダイコープロダクトはリアルに「創造」した。それが、「タキビズム 焚火グローブ」である。

ミシンに向かう会長(父)、営業に奔走する社長(息子)。

 ダイコープロダクトの前身は、川北康伸の父、川北元弘が、1963年に創業した「大香」。「香川に大きく根を張る」という意味(意志)を込めたという。1971年、有限会社大香に。それは、川北康伸が生まれた年でもあった。

「家が会社で工場なので、物心つく前から両親の仕事を見ていたと思います。昔は、夜9時、10時くらいまで工場が動いていたから、学校から帰って家にいても晩メシがなかなか出てこない。だから、(両親が)早く終えるために手伝うしかなかった。ミシンやっているおばちゃんとかみんなやさしくて、いろいろ丁寧に教えてくれました。だから子供でも自然と覚えていきました」

 ミシンや縫製、そういう職人の手仕事が好きだったんですか?と訊くと、川北康伸は真面目な表情で、「いや、ぜんぜん好きとは違いますね。早くメシが食いたいから、仕方なく、ですよ」と言って、微笑んだ。

「もちろんぼくもミシン使えますが、会長(父)ほどうまくないです(現在も会長の川北元弘は本社ファクトリーで働く。他の社員と並んでミシンに向かう)。自分は営業で仕事を取ってくることばっかり考えてやってきました。家業を継ぐ、ということについては、周りから自然にすり込まれて育ちましたよね。自営業やっている親戚も多かったですから、自分も子供の頃から、いつか家を継ぐんだろうなって。一方で、東京への憧れもありました」

 大学は商学部経営学科を卒業。そして、東京のアパレルメーカーに就職した。「ちょっとでも家業と関連がありそうな、いわゆる糸へん業界の会社がいいかなとは思いました。あと、服が好きで、ファッションに興味がありましたし、東京のアパレルメーカーへの憧れもありました。いつか(香川の実家に)帰るんだろうなと、ぼんやり思いながら、その東京の会社に就職しました」

 アパレルメーカーで川北が配属されたのは、なんと社長室。常に社長と行動を共にすることになった。「地方出身の大学出の若造と、東京の100億円企業のトップですから、話は合いません(笑)。失敗の連続だった1年間でしたが、その時の教えが経営者となった今、ここまで生きるとは思いませんでした。」

 その後、生産管理を担当。「品質・納期・コストの3つの管理項目は、常に100点を取って当たり前。どれかひとつでも欠けたらマイナス評価になり、その通りにできても褒められることはない。報われない仕事だと思うこともありましたが、供給をコントロールする生産管理こそ、アパレルの心臓部です」。そこで学び経験したことは、現在、ダイコープロダクトのトップとして、大いに生かされているに違いない。

 ダイコープロダクトの本社ファクトリーには、10代から70代まで、36人の、最高のもの作りに切磋琢磨する社員、パートがいる。「国内で量産体制を維持する数少ない手袋縫製工場」と川北は胸を張る。今は、中国・東南アジアを中心に、工場の拠点を海外にシフトしている会社がほとんど、という時代だ。川北は願う。

「やっぱり、メイド・イン・ジャパンがなくならないで欲しい。うちで働いている人は全員地元採用。会社の取り組みや自社ブランドがもっと有名になって、もっともっと社員の生活環境を豊かにできるといいなと思います」

消防士用グローブから生まれた、焚火グローブ。

 サッカーの試合で、手を使うことができるプレイヤーと言えば、ゴールキーパー(GK)。スウェーデン代表で、イタリア、セリエAのACミラン所属、ズラタン・イブラヒモビッチ選手のシュート時のボールスピードは、時に時速150kmを超える。とてつもないパワーで飛んでくるボールをキャッチし、パンチングし、ゴールを守るGK。守護神の大切なパートナーが、手袋、グローブだ。FIFAワールドカップドイツ大会と南アフリカ大会のとき、日本代表GK、川口能活のグローブを製造していたのが、ダイコープロダクト。アルチザンのアイディアや技が、日本代表の活躍に一役買っていたのだ。

 ダイコープロダクトは、「消防士が使うグローブ」を40年近く作り続けている。消防・救助などの現場で使う「特殊用途作業用グローブ」は、ダイコープロダクトのお家芸のひとつだ。「難燃=燃えにくい手袋、防水=水をはじく手袋、耐摩擦=摩擦や摩耗に強い手袋、ノンスリップ=滑らない手袋」などなど、用途と目的によって特徴は様々だが、それらはみな、人々の暮らしの安全を守る手袋である。

 寒川一と槇塚登が開発に関わった「タキビズム 焚火グローブ」は、ダイコープロダクトが長年培ってきた消防士用グローブの型を採用して生まれた。

「焚火に特化したもので、自分が理想と思えるグローブを作りたかった」と寒川は語る。「ダイコーさんの真骨頂である消防士のグローブ作り、その経験からフィードバックされた焚火グローブ。開発の芯としたのは、指先の追認性の良いグローブ。従来の多くの焚火グローブは、ミトンのような作りで、指先までこだわっていないから、着用したまま細かな作業をすることが困難だった。僕が長年使ってきた焚火グローブもそうで、現場で細かな作業をする際には、いちいちグローブを外して素手でおこなうしかなかった」

「ダイコープロダクトが長年に渡り手がけてきた消防士用のグローブは、独自の技術で指の関節に可動域が設けられている。特殊な素材も巧みに使い分けて見事に作り上げられている。装着したとき、5本の指をやさしく締めつけるようなフィット感があって、それが、安心感と信頼感につながっている。消防士たちの手や指先を、熱と炎から護ることはもちろん、命がけの現場からの要望に細かく応えて作られたホンモノが、僕らが開発した焚火グローブの基礎になっている」

 そうしてできあがった、「TAKIBISM TAKIBI GLOVES/タキビズム 焚火グローブ」。消防士用のグローブと大きく異なるのは、表面をレザー加工し、高級感が醸し出されていること。経年による風合いや表情の変化を楽しめること。また、着脱しやすいようにと手首部分の留めはなくして、それまでのUPIグローブ同様、タフグリッドというパラコードを縫い付けている。フィッティングに幅をもたせているため、サイズはワンサイズだ。寒川と一緒に開発に取り組んだ槇塚登は、鉄工所で鉄板を打つ際に愛用しているという。

「昨年からのコロナ禍の影響は、うちにとっても、大きなインパクトでした」川北康伸はふり返った。「人々が外に出なければ、スポーツをする人は減るし、寒さから手を守る必要もなくなり、ものを入れて持ち運ぶ袋も必要なくなる。」

「そんな中、アウトドア需要がこのタイミングで伸びるとは考えていなかったので、それはありがたかったですね。約40年も前からアウトドアグローブを作り続けてきてよかったと思いました。これからも、寒川さんや槇塚さんらとコミュニケーションをとって、アウトドアのフィールドでうちができることを考え、提案していきたいなと思っています。あったらいいなと思う機能をもっと想像し、ファッション要素を取り込んだ商品をもっともっと創造していきたいと思います。」

Photography by MICHINORI AOKI
Interview & Text by EIICHI IMAI

 

川北 康伸(かわきた・やすのぶ)
川北 康伸(かわきた・やすのぶ)

株式会社ダイコープロダクト代表取締役社長。1971年さぬき市生まれ。アパレルメーカーを経て、1998年にダイコープロダクト入社。2016年より現職。