焚火とコーヒーとサンセット。

 寒川一。現在の肩書きはアウトドアライフアドバイザー、UPIアンバサダーだという。だが筆者にとって寒川さんは、昔も今も「旅人」である。

 鎌倉に暮らす寒川さんは、UPI表参道に時々やって来る。もしあなたが店に行って寒川さんがいたら、とても幸運だ。シャイにならず声をかけ、彼の話に耳を傾けよう。寒川さんは若い頃からずっと「アウトドアライフを生きてきた人」。彼の旅の記憶、言葉には、フィールドで活動するためのヒントやアドバイスが数多あり、アウトドア好きにとって貴重な知識になるだろう。

 自転車少年だった中学生時代の、四国一周の冒険譚に始まり、アウトドアの聖地ヨセミテへの旅、スウェーデンとノルウェイの北極圏での野営の旅、サンフランシスコから1号線を北上する北カリフォルニアのロードトリップ、日本各地での登山やトレッキング、バハ・カリフォルニアのシーカヤックと無人島でのキャンプ……ほかにも、いろいろ。

 寒川一さんは、「焚火カフェの主人」でもある。神奈川県三浦半島の、太平洋を望む海辺、そのビーチの上で営まれる、数時間のトリップ。そう、彼が熾す焚火は、「TRIP、旅」なのだ。それは、ここに居ながらして、遠くへと旅をする時間。ここではない何処かへと、寒川さんが連れていってくれる。

寒川さんの「焚火カフェ」は、秋谷の海岸で乾いた流木を集めることから始まる。

流木を拾い集め、湧き水を汲み、海辺へ行く。

 「焚火カフェ」の準備は、朝、道具を選別して車に積み込むことから始まる。優れた登山家はきれい好きで、整理整頓に長けている。必要ミニマムな荷物を背中のバッグに詰めるのだ。不要なモノが多いと重たくなるし、必要なギアが足りないと命に関わる。寒川さんのルーティンは、登山家のバックパッキングと同じだ。彼が運転する車の荷室を見ればわかる。必要なものだけが正しい場所に、整然と置かれている。

 車で鎌倉の自宅を出発。海沿いの国道134号線、207号線を走っていく。三浦半島を南下し、途中、秋谷の海岸に立ち寄り、流木を拾う。

「以前は、薪になる木材を買っていたんです。でもあるとき、この浜辺に落ちている流木に気づいて、以来ずっと浜辺で薪になる乾いた木を拾い集めるようになりました。その日の焚火に必要な分だけ拾います。特にエコの観点とかではないんですが、でも結果的に、こうして流木を拾い、それを燃やして焚火にする方が、自然のサイクルには合っているように思います」

けっして急がない。そして、無駄に多く拾わない。今日の焚火に必要な分があればいいのだ。
今日の焚火は、さっき拾い上げたこの流木たちから生まれる。様々な枝木、いろいろな匂い。

 薪になる木を集めたら再び車を走らせる。「もう一カ所、立ち寄るところがあります」と寒川さんが言って、彼の車は前田川沿いの細い道に入っていく。しばらく走ると「関根御滝不動尊」という名の小さな神社(小屋)が、ちょうど道がカーブを描く崖の突端にあった。すぐ下は川で、「たくさん雨が降った翌日に来ると、向かい側に滝が流れ落ちるんですよ」と寒川さんが教えてくれた。冬の日で、山肌はからからに乾いている。

「ここで湧き水を汲みます」。

 その小屋の前に、水が流れ続ける蛇口があった。湧き水なのだという。近隣の人たちは「この水で湯を沸かすとお茶が美味しい」と言って、日々大きな容器を持って水汲みに来るという。

海辺で流木を拾い集め、山からの湧き水を汲み、焚火を熾して沸かす。こだわりが生む、特別な時間。

「焚火カフェをやるときに自分で決めたことがふたつありました。ひとつは焚火の炎でコーヒーの生豆をロースト(焙煎)すること。ハンド・ロースターというものがあって、少量ですが、数人飲む分には充分な分量をローストできる。もうひとつは、湧き水を使うこと。今はそこに、流木を拾い集めること、という行為も加わりましたね」

 最近は、UPIで扱っているレンメルコーヒーを使うことが増えたので、焙煎のルーティンがないこともある。だが今も寒川さんは、焚火の炎で生豆を焙煎することを厭わない。

「だいたい1時間ちょっとかかるんです、コーヒーを飲むまでにね。焚火を熾し、湯を沸かし、生豆を焙煎し、それからコーヒーを淹れる。急ぐ理由はまったくない。その時間を楽しんでほしい。焚火カフェは、時間を尊ぶ作法であり、時間を遊ぶ行為なんです」

焚火カフェのすべての道具は、寒川さんの肉体と精神の一部になっているように思える。
道具が経てきた時間を思う。把手がすり切れ、墨で黒ずんだキャンバス地。すべてが美しい。

火と水を味わう時間。

 浜辺に必要な道具を広げる。寒川さんが考案し、故郷香川県の盟友で鉄作家の槙塚登が作り上げた円形の焚き火台「JIKABI(Lサイズ)」を砂浜の上に設置する。さっき拾い集めた流木を焚き火台の上に組み、モーラナイフで着火すると、両手にダイコープロダクトの焚火グローブをはめる。槙塚が手がけたブレス・トゥ・ファイヤー(火吹き棒)で空気を送り込み、炎が広がる。

 すべてが流れるような俊敏な動きなのに、スローモーションのように見えるのが面白い。寒川さんの焚火は、その場の時間を弛緩させてしまう。まるで、光速で飛ぶ宇宙船の中にいるように。

 焚火における寒川さんの一挙手一投足を見ていて筆者が思い出すのは、京都の茶室で体験した茶道の世界。もし「焚火道」というものがあるなら、寒川さんはかなりの有段者、まさにジェダイ・マスターだろう。

 自然が美しいように(そこには怖さや危険、非情さもあるけれど)、自然を優しく操る人の動きも美しい。そして、彼が使い込んでいる道具たちもまた美しい。だから、焚火カフェの時間は、美しい時間でもある。調和の時間だ。

 湧き水を入れたコーヒーケトルを火にかける。やがて炎が小さく熾火のようになり、頃合いを見てレンメルコーヒーの粉を注ぎ入れる。沸騰させ、最後に塩を少しふる。

「レンメルコーヒーはコーヒーの会社なのに、豆の種類はひとつしかないんです。彼らは豆にぜんぜんこだわらない。大切なのは美味しい水と火を使うこと。彼らにとってコーヒーは最後のスパイスみたいな感覚。火と水を味わえって彼らは言う。最も大切なのは、焚火にかけたケトルのそばにずっといて、離れないことです。コーヒーを待つ『時間』を味わうこと。だからぼくも、ここからけっして離れない。ときどき空や海を見ながら、火とコーヒーケトルのそばにずっといます。こうしてできるコーヒーは絶対に美味しい」

 いつしか今日の太陽が海に沈もうとしている。寒川さんがククサにコーヒーを注ぎ入れ、手渡してくれた。熱いコーヒーをひと口啜るまさにその瞬間に、太陽が水平線に到着する。

Breath to Fire(火吹き棒)をライトセーバーのように扱う寒川さんは、焚火のジェダイ・マスターである。
スウェーデン北極圏生まれのレンメル・コーヒーは、コーヒーの原点とも言える、煮出しコーヒーだ。
コーヒー好きな写真家は、焚火の煙とコーヒーの湯気に、こだわった。
この海の向こうに小笠原諸島、南に降りればニュージーランドがある。なぜ人は夕陽に思いを馳せるのか。

 寒川さんは焚火カフェの主人として客にそっと寄り添う。黒子のように後ろにひき、必要なときにはそばで語りかける。その日の客の様子をよく観察し、彼・彼女が求めていること、探していることを想像、察知し、それを何気なく与えるのだ。筆者もこれまで幾度か体験してきたが、それは熟練の旅のガイドの技だ。寒川一という素晴らしい「旅のガイド」と同時代を生きている歓び。

Photography by MICHINORI AOKI
Interview & Text by EIICHI IMAI

寒川 一(さんがわ・はじめ)
寒川 一(さんがわ・はじめ)

1963年生まれ、香川県出身。アウトドアライフアドバイザー。UPIアドバイザー。アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。とくに北欧のアウトドアカルチャーに詳しい。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っている。