モーラナイフ・ワークショップ at Telacoya921

鎌倉、逗子、葉山のエリアには、日常的に子どもたちが海や山などの自然と触れ合っている幼稚園や保育園がいくつかある。以前取材させてもらった園もあるし、そんな園に子どもたちや孫たちを通わせていた知り合いも何人かいる。「うみとやまのおうちえんTelacoya921(テラコヤクニイ)」も、そんな幼稚園のひとつとして名前を知っていた。

 あるときアウトドアライフアドバイザーでもある寒川一さんが園児を対象にしたナイフのワークショップをしているということを知った。幼稚園児にナイフ? 危なくないのだろうか。ウェブに掲載された写真を見ると、そこには楽しそうに、真面目に、好奇心いっぱいに、ナイフや焚き火に向き合っている子どもたちの姿があった。

■3月11日

 葉山の、海から少し離れたところにTelacoya921はある。この日は寒川一さんによるナイフのワークショップ最終回だ。参加者は9人の年長さん。

 子どもたちは縁側に座る。寒川さんがお話を始める。

「10年前のちょうど今日、3月11日、君たちがまだ生まれる前のことだけど、東北地方で大きな地震がありました。おうちの人からお話を聞いたりして、知っている人はいるかな?」

 そう尋ねると、数人が手を挙げる。

「自分たちの暮らすまちで、もし大きな地震が起きたら、どうする? なにができるかな?」

 寒川さんが問う。子どもたちは首をかしげる。

「ちょっと難しいかな。でもこのナイフ教室で学んだことがこれから自分たちの身を守ることに役に立つと思います。ぜひ活かしてほしい。今日はワークショップの最終回だけど、これが最後じゃありません。ここからが本当の始まりです」

 子どもたちが大きくうなずく。「はい」と元気よく手を挙げる子もいる。

「では、今日はこれまでみんなが練習してきたナイフを使って、焚き火をします。みんな、お昼ご飯は持ってきてるよね。火で焼いて食べる準備をしていると思いますが、もし火がおこせなかったら、お弁当は冷たいまま。生のままです」と寒川さんが言うと、全員から「えー」「いやだー」と声が上がる。

 さあ、がんばって火をおこそう。

■モーラナイフ・ワークショップのスタート

 今年度のナイフのワークショップは昨年の9月にスタートした。園でのワークショップとしては4年目となる。初回のワークショップはUPI鎌倉で開催された。ナイフはなんのために使うのかなどのお話だったそうだ。

「石器時代にマンモスを追いかけている絵を見せて『この人たちはなぜ動物を追いかけているのだろう』と尋ねるとね、『食べるため』と子どもたちが答える。『じゃあなんのために食べるの?』と聞いたら、子どもたちは考える。そしてだれかが『生きるため』と答える。絵を見せながら話すうちに、生きるために命をいただくことに、子どもたちが気づいていったと思う」

 続いてナイフの種類や使い道、例えば料理に使うナイフ、ウッドクラフトのためのナイフ、工事などに使う専門的なナイフなどがあることを話す。

「座学だけだと飽きる子もいるので、キンドリングクラッカーによる薪割りもさせました」

 実際に子どもたちがナイフと対面したのは、年の明けた1月だ。ナイフに向き合う時は心を静かにすることを教わり、木を削る感触を体験していった。

■ナイフを使ってフェザースティックをつくる

 焚き火の準備は、薪割りからスタート。寒川さんがキンドリングクラッカーを押さえ、子どもたちがひとりずつ割っていく。おっかなびっくりで木槌を振り下ろす子もいれば、気合とともに力いっぱい割る子もいる。

 青いシートを広げ、丸太の椅子を円形に並べて座る。

「それではみなさんにナイフを渡します」

 モーラナイフの白樺の柄には園児がデザインした自分だけのマークがついている。寒川さんが1本ずつ手に取り、「これはだれの?」と聞くと「はい」と手を挙げる。

自分のマークが入ったナイフを手にして、そっとなでる子。空にかざして見つめる子。得意そうにマークを見せ合う子。

「ではこれからナイフを使っていきます。ナイフを使うとき、その前にどうしますか? みんな、覚えてる?」

「覚えてるっ!」

「心を落ち着かせる!」

「目をつむってドキドキがしないようにする!」

 そうだね、みんなちゃんと覚えていたね。とても大事なことだよね、と寒川さん。ワークショップの時間以外にも子どもたちは園の先生といっしょにナイフの練習をしているので、心構えがしっかりと身についている。

「あと、手を伸ばして、ほかの人に当たらないぐらい離れて座る!」

 そうだね、ナイフの構え方はどう?

「座って、自分の右でナイフを使う」

 じゃあちょっと目を閉じて、心を静かにしてみようか、と寒川さんが促すとおしゃべりをやめて静かに目を閉じる。

「どう? 心は落ち着いたかな。ナイフを持つ前に、両手を広げて、隣の人とぶつからないかを確認しましょう」

■ナイフ使いの集大成。フェザースティックをつくる

 さて、ここからはナイフの実践。薪を薄く削って、着火のためのフェザースティックといわれるものをつくる。薪には使い慣れた手ぬぐいを巻き、利き手でないほうの手で握る。座った自分の右側でナイフを使う。

「木の表面を、ナイフで薄く削るんだったね。削り落とすんじゃなくて、最後のところを木に残します。それを何か所かつくりましょう」

 先生たちは子どもに目を配るが、おとなから口を出すことはない。

「切り傷ぐらいなら仕方ない。それ以上のケガをしないよう遠くから見ています。何回かワークショップをやってきて、子どもたちを信用しているし、子どもたちも自分を信頼してくれていると思う」と寒川さん。これまでの数年間のナイフワークショップで大きなケガがなかったのは、運がよかったからではなく、子どもたちとしっかり向かい合い、お互いを信頼しているからなのだ。

 ナイフで薄く木を削るのはナイフに慣れてきている子どもたちにも、まだ少し難しい。うまく削り残すことが出来ず、なかなかふわふわとした羽状にならない。削りくずが下に落ちてしまう。

「下に落ちてもいいよ。あとでぜんぶ集めて、それも火をつけるときに使うからね」

 なかには何本か羽をつくることができた子もいる。

「できたよ、見て!」

 寒川さんが「なかなかいいじゃないか」と言うとさらに目が輝いた。

■火をおこす

 ここでナイフはさやに収め、焚き火の準備に取り掛かる。子どもたちが日ごろから集めていた小枝、丸めた棕櫚の皮、さきほどの削りくずもいっしょに園庭のファイヤーサークルに置く(ここはファイヤーサークルがある幼稚園なのである!)。その上にみんながつくったフェザースティックを放射状に並べる。

「それではここにメタルマッチを使って火をつけます。こすり合わせて火花を出して、それをフェザースティックに移して、炎をつくります」

 メタルマッチは順番に、ひとり3回こすることとした。火がつけば焚き火へと続く。つかなければ次の人にメタルマッチを回す。大きな火花を出す子もいたが、一巡目では火はつかなかった。

「寒川さん、もう一回やらせてください」「火をつけたい」と子どもたちがリクエストした。

「じゃあ、あと一周しようか」

 順番にメタルマッチを使ったが、ここでも火はつかなかった。

「それでは、みんなのなかからひとり、代表者を決めてください。その人がもう一度メタルマッチでチャレンジします。それでも火がつかなかったら、終了。今日のお昼ご飯は、冷たいままです」

 さきほど大きな火花を出すことができたけれど着火できなかったTくんが立候補した。

「ぼくがやったら絶対につく!」

 するとSくんが、「Kも上手だったよ」とKくんを推薦する。

 ふたりを中心にみんなで話し合う。結論が出るまで先生はそばで見ているだけだ。最終的にはTくんの「絶対つける」との自信にKくんも納得し、全員が賛成してTくんが代表者となった。

 そうしてラストチャンス。

「みんなのためにがんばって」と先生。するとTくん、メタルマッチを数回こすっただけで、見事に着火。本人もまわりのみんなも驚いた。そして全員が大きく拍手をする。

「やったー」

「夢みたい」

 寒川さんが小さな火に合わせて薪を動かす。

「火はつけたら終わりじゃない。育てていくんだ」と、火吹き棒で息を入れ、大きな炎にしていく。

■さあ、お昼ご飯だ

 炎が安定したところで、お待ちかねの焚き火ランチ。先生の「準備してください」の声で、お弁当をもって煙を避けながら火の周りに集まる。

 アルミ箔で包んだおにぎりを焚き火の端にのせる。小枝にソーセージを刺して火の近くに立てる。ほかにもチーズ入りのちくわ、お餅と黄な粉、ジャガバター、焼きサンドイッチ、さやつきソラマメなど、それぞれが好きなものを焼いていく。焼きリンゴをつくってみんなにふるまう子もいた。

「火で焼くとどうしておいしいんだろう」

「自分たちがつくった火だからじゃない?」

「あー、幸せ。もう一回食べたい」

「火があってよかったね」と寒川さんの言葉に、「うん」とうなずく。

 みんなが食べ終わったところで、寒川さんから、「今日でワークショップは終わりました。ありがとうございました。みんな合格です。ただし、卒園式でナイフが渡せるかどうかは、当日のお楽しみ」 

■卒園式、ナイフはもらえるか

 2021年3月20日、晴天の葉山の海岸。telacoya921の卒園式だ。揃いのTシャツにビーサンの卒園生たちが並ぶ。園長先生のあいさつ、卒園証書の授与。子どもたちは入園してから卒園までにできるようになったことを、ひとりずつ披露する。コマ回し、あやとり、相撲の弓取り式、絵が描けるようになった、ひとりでライフジャケットを着られるようになった……。在園生、先生たち、保護者、卒園生から拍手が起こる。

 いよいよモーラナイフの贈呈式。UPIの本間光彦社長と寒川さんから、全員に渡されることが発表される。ワークショップ修了証書とともに、自分のマークが入った世界でひとつだけのナイフが手渡される。園長先生には記念のケリーケトルが贈られた。

「先日のワークショップを見学しました。ナイフを使う前に心を落ち着かせているみんなの姿が、とてもよかったです。正しい使い方を忘れないようにしてください」と本間社長。

 寒川さんからは、「ナイフの技術を身に着けて、それを伝承できるおとなになってほしいと思います。そんな気持ちでワークショップを行ってきました。同時に、園を訪れるたび、自分自身をクリーンアップすることができたように思います。幸せな時間でした。みなさんと園に感謝しています」

・・・

 寒川さんは言う。この子どもたちも将来、悩みを抱えることがあるかもしれない。そんなとき、初めて手にしたナイフを取り出して、思い出してほしい。心を静かにしてナイフを触った時間。ナイフを扱えるようになって、火を見つめたこと。ナイフがお守りのように心に残ってほしい。きっと乗り越えるきっかけになる。

「薪を割って火をおこして、食事をつくる。これができれば生きていける」

 ナイフはそのための道具だ。ナイフをきちんと扱うことができれば、暮らしは豊かになる。ワークショップは終わったけれど、子どもたちとナイフとの付き合いは始まったばかりだ。

Text by Kasumi Oikawa Photography by Yuko Okoso

寒川 一(さんがわ・はじめ)
寒川 一(さんがわ・はじめ)

1963年生まれ、香川県出身。アウトドアライフアドバイザー。UPIアドバイザー。アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。とくに北欧のアウトドアカルチャーに詳しい。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っている。

大社優子 (おおこそ・ゆうこ)
大社優子 (おおこそ・ゆうこ)

写真家。横浜・アマノスタジオにて森日出夫氏に師事。独立後、様々な広告写真やドキュメンタリー、出版物を手掛ける。現在に至るまで個展、企画展などを各地で開催。“DARK ROOM PHOTO SESSION”というテーマをその都度変えたポートレイト撮影会も行っている。鎌倉在住。

及川佳寿美(おいかわ・かすみ)
及川佳寿美(おいかわ・かすみ)

湘南エリアを中心にしたライター・編集者。焚き火、ときどきフライフィッシング。NPO法人 逗子の文化をつなぎ広め深める会 副理事長。