漫画家・五十嵐大介とウールパワー(後編)
インタビュー前半では漫画家・五十嵐大介さんのウールパワーにまつわるエピソードを話していただいた。後半では五十嵐さんの作品づくりにも一役買っている「歩く」ことについて話を伺った。

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インプットの時間について

——漫画家は描く仕事も忙しいと思いますけど、インプットの時間もとても重要に思います。吸収に使う時間はどうしているんですか?

五十嵐 前はあんまり仕事してなかったので、インプットの時間がたっぷりあったんですけど。いつの間にか吸収する時間が無くなっちゃってましたね。私、20代なんて全然仕事してなかったんです。ちょっと描いて、あとはずっとただぶらぶらしてました。そのぶらぶらしてるっていうのがインプットの時間だったんですけど、結果的にちょっと忙しくなっちゃって。

絵を描くのが楽しいので、仕事があれば隙間時間に入れてくようにしていたら、いつの間にかただ描いてるだけになっちゃってました。今はまた意識的に時間を取ろうと思ってます。私の場合一番インプットになるのは歩くことなんです。実際に自分がみたことや考えたりしたことがベースになるので。

五十嵐 ウールパワーのジャケットは(岩手の)遠野を歩く時も持っていきました。暑くなれば、軽いし丸めてバッグの中にも入っちゃうんで。崩していた体調がちょうど回復してきた時期で、いっぱい歩きたくなっていたんですよね。1日4万歩くらい歩き回ってて。僕は歩いた方が体調が良くなる感じがあるので。動いていると、鈍ってた感覚が戻るというか、以前はこういう感じで歩いてたなっていう感覚が突然戻ってきたり。それで景色が変わるっていうんですかね、そういう感じがあったんです。そんな経験もあったので、(ジャケットの)おかげで助かっちゃったな、っていう。

——登山やキャンプなど、アウトドアと名の付くアクティビティはなされますか?

五十嵐 実はそういうのは一切しないんです。キャンプもほとんどしたことないですね。フィールドワークって言っちゃうと大袈裟っぽいですが、そういうところに行くのは好きなんですけど。(岩手の)衣川村に住んでた時は農業をやってて、自給自足の真似事みたいなのをやってたくらいです。それから、沖縄の八重山には行くことが多くて、森の中ぶらぶらしたり。

「歩く」ことで土地や自然とつながる

——森の中には、何を見に行くんですか?

五十嵐 なんでしょう、とにかく歩きたいんですね。歩きながら周りのものを見たり、森の生き物とか、植物とか、空気とか、そういうのを感じられるといいなぁと思って。

▲ここ(仕事場)から少し登ったところに公園があるんです。車でもいいですけど、どうしましょう、歩いて行ってみますか。と五十嵐さん。

——いきものを探したりとか?

五十嵐 探すっていうよりは、目に入ってくる。歩いているうちに見れるものを見ていく。歩いていると、いろんなものが寄ってくるというか。意外といきものたちが近くに来たり、ということもありますし。目的があって歩くというより、歩くのが目的に近い。そうすると、体が整う感じっていうのかな。周りの環境と一体感がある感じ。周りと馴染めるので、いろんなものが見えるという感覚ですかね。

生き物もそうだし、天候の変わり目とか、住んでいる人たちの工夫とかも、なんだか歩いているうちに目に入っていくものを結びつけていくと「あぁ、こういう工夫をしているんだな」とか、「こういうこと考えながら生きているのかな」とか、いろんなことを考えたりもできるので。歩いていろんなことを推理したり、その感覚を楽しむっていう感じですかね。

▲森の中や自然の中で進めそうな小道を見つけるとつい進んで行ってしまいますね、という五十嵐さん。急な斜面もズンズン進んでいく。

——目的地だけを訪れてさっと帰るだけじゃ見えないものってありますよね。

五十嵐 そうですね。車などで移動しちゃうっていうのが苦手で、歩かないと感覚的にもわからない、距離感もわからない。遠野はこの何年間か、仕事の関係で何度も行ってるんですけど、取材なので車で連れて行ってもらってっていう移動で。それはそれでいろんなものが見れたんですけど、それだと遠野の地図が頭にできないっていうか、行ったところが結びつかないので、なんだか気持ち悪くて。あと、車で行っちゃうと、「途中」が見れないんですよね。途中にすごく面白いものがあったりだとか、発見があったりするので、それで自分の身体に色々なことが馴染んでくる。それが楽しい、って感じですね。

移住・南下計画

——これまでのお話から東北にとても思い入れがあるように感じます。

五十嵐 父方が福島で母方が山形の米沢なんです。子供の頃から毎年米沢に行っていて、東北の文化圏にずっと住んでみたいと思っていました。山形よりも北に行ったことがなくて、それで東北からあちこち旅行して気に入ったところに住んでみようと思って、その時一番気に入ったところが盛岡だった。

——今の仕事場はここ鎌倉にありますが、鎌倉に移ったのは何か理由があったんですか?

五十嵐 元々の始まりは以前西表島に行ったときに、ものすごく気に入ってしまったというか、1ヶ月くらいバックパッカー的にその日の宿をその日決めるような感じでぶらぶらぶらぶらしてて。それで西表島に住みたくなっちゃったんですよね。1年くらいちゃんとここにいて、いろんな行事や生活とかを見たい、自然の変化も。って思ったんですけど、本当にここに住んだらもう動けなくなるかも、とも感覚的に思ったんです。それで、まずは最初に気になっていた東北に住んでみよう、そしてそこから数年おきに南下して行って何ヶ所も住んでみて、最後に西表島に辿り着くようなのって楽しいんじゃないかなぁって思ったんですよね。

そういえば、ウールって水分を吸収したり発散させる機能があると思うんで、西表島でウールパワーを着たりしたらどうなのかなって思ったんですけど。

▲五十嵐さんのご指摘の通り、ウールには水分を閉じ込める吸湿性に加え、毛の表面の油分が水気を弾いて皮膚をドライに保つ働きが。最も薄い生地の半袖モデルは多湿な環境でも効果を発揮してくれるだろう。

(話は移住計画に戻り)

五十嵐 で、東北に行って。まず盛岡に住んで、その後衣川に行きました。東北の後は北千住(東京)に移ったんです。東北にいるときに都会に対する反発心がすごく強くなっちゃって、周りの林業をやってる人たちってものすごい能力を持っているのに、能力に見合った収入なのかなとか、都会の都合にふり回されたり、腑に落ちないところがいっぱいある仕組みだななんて思っていたんです。でも都会の人たちを嫌いになっても、全然生産性がないし、じゃあ今度は東京に住んでみようと。本当は歌舞伎町に住みたかったんですけど、怖かったんで北千住に笑。

北千住は下町で、とてもいいところで楽しかったんですけど、森がなくて。風が強い日に木がザワザワザワって言うのが好きで、それがないのが寂しくなっちゃって、森があるところに住みたいなと思って。あとずっと、山がちなところに住んできて、海に住んでみたいとも。岩手にいたときに、山奥で発生した神楽が川を伝って海に行ったときに元は同じでも海の神楽と山の神楽ってだいぶ違うなって感じて、そこから普段見ている景色などで人の感覚とかって変わってくるのかなって思って、海の近くに住んでみたらそれも面白いのかなっていうのもあったんですよね。

そのあと「海獣の子供」を描いたりってこともあって、海があって森もあるところで探してたら鎌倉にたどり着いたって感じですね。

鎌倉の暮らし

——実際鎌倉に住んでみてどうですか?

五十嵐 いいところですよね。すごく好きです。海も山も両方あって歴史もある。すごい楽しい。物価はちょっと高めですけど。散歩しててすごく楽しい、ちょっと歩くと海に行けて、意外と山も、深いわけじゃないんだけど、ちゃんと山だなって感じがあったりするので。ハイキングコースとか歩いたり。面白い人もたくさん住んでるし。

▲山、海そして人々の暮らしが歴史として残る鎌倉

——南下計画はまだ続いているんですか?

五十嵐 終わったわけじゃないんですけど、子供ができて、彼らがある程度育たないとって言うのもあるし、今は何年立ったら引っ越すっていうのではなくて、また縁があったらってゆるく構えていますね。それに西表島に住む計画については、あまりにも自分の中でも大切な場所になっちゃっているので、住んじゃうと大丈夫かな?っていう。

なので(西表島は)自分が気軽に訪れることができる避難場所として取っておきたいという気持ちもある微妙なところです。暮らして毎日毎日景色を見られたら幸せだなぁって思うんですけどね。心穏やかに暮らせるかなぁとか。まぁでも成り行きに身を任せていますね、今は。

▲気配というか、ザワザワっていう音だったり、いきものの音だったり、そういったものを描きたい。と五十嵐さんは語る。

アウトドアをしないと話す五十嵐さんだが、自然の中を歩き、その中に潜む細かな変化に目を凝らし、作品に仕上げる姿は、登山やキャンプをせずとも天然のアウトドアマンそのものだった。


・Woolpower公式サイト

Photography by NEIL KUKULKA (UPI)
Interview & Text by SHU SAKUMA (UPI)

五十嵐 大介(いがらし・だいすけ)
五十嵐 大介(いがらし・だいすけ)

漫画家。代表作に『魔女』(小学館)第8回文化庁メディア芸術祭優秀賞、『海獣の子供』(小学館)日本漫画家協会優秀賞、『リトル・フォレスト』(講談社)など。美しい風景描写や神話的なストーリーなど独自の世界観を持った漫画作品のほかに、絵本の執筆や書籍の装丁イラストなど多方面で活躍。現在『かまくらBAKE猫倶楽部』をBE・LOVE(講談社)に連載中。