UPIが考える”備える”と”使える”防災

今、目の前で建物が倒壊しがれきの山々が広がっていたら、何をすべきか、何をしなければならないのか想像ができますか?多くの人がこれまでそのような場面に出会ったことはなく、あまりに現実離れしていて想像できないと思います。かくいう私も想像ができません。

写真提供:神戸市/東灘区本山南町6-4付近

UPIではアウトドア用品を扱う企業でありながら創業以来「防災」を提唱し続けています。アウトドア用品の企業が「防災」を提唱し続ける意味とはなんでしょう?
今年8月に発売されたばかりの、UPIとモーラナイフが共同開発した「エマージェンシーナイフ」の開発経緯、UPIのCEO本間光彦(以下、本間)が企業として「防災」を提唱し続ける理由を聞きました。


偶然が必然に

UPIが初めて取り扱いを始めたブランドはご存知だろうか?
モーラナイフやソロストーブでもなく、アイルランドのアウトドアケトル「ケリーケトル」だ。そのケリーケトルを取り扱い始めた頃の翌年2011年3月に東日本大震災が起こった。日本国内観測史上最大規模の地震と言われ甚大な被害が発生し記憶に残っている人も多いだろう。

 

災害の様子をニュースで見ているところ、寒そうにしている方々や困っている人を見て、阪神・淡路大震災で被災経験のある本間は、「自分が取り扱っているこの道具は被災地で役に立つ」と気付きケリーケトルを被災地に送ったそうだ。(※ケリーケトルは、身の回りにある自然燃料で火をおこし暖を取り、お湯を沸かすことができる道具)しかし、本間の想像とは異なり、役立つどころか実際には使用されずに終わってしまったようだ。
その時に、“道具本体があるだけでは意味がない”と痛感し、日頃から道具を使うことで有事の際にも乗り越えられるように、備えるだけではなく、使える防災を自分が取り扱うアウトドア用品で提唱していこうと決めたのだった。

そこから本間は、ケリーケトルを使うための「火をおこす道具」、いわゆるファイヤースターターを探していた。なかなか見つからずにいたところに、モーラナイフがナイフで火をおこす動画をプロモーションしているのに出会った。偶然それを目にしてすぐにモーラナイフにコンタクトをとった。

そして待ち望んだ60本くらいのナイフが届いて、そのナイフを手にした時に過去の記憶と一瞬に結びついてコレなら間違いない。って思ったんだよね。これがもし自分が被災経験をした阪神・淡路大震災の時にあればよかった。そう語る。

本間は、1995年の阪神・淡路大震災が発生した時に震源に近い”東灘区”にいた。震源に近く、被害が甚大であったことは想像に難くない。当時、20代の本間は起床とほぼ同時に大きな揺れに見舞われた。建物から脱出した際に目の前に広がっていた光景は今でも忘れられない。余震が続く中、避難所へ向かおうにも倒壊した数々の家屋から「助けて」という声が聞こえている。とにもかくにも救助をしなければならなかった。素手でがれきや瓦、屋根板をどかし自分自身が血だらけになって救助を手伝った。

何かを割ったり、動かす時にちょうどいい鋭利なものや頑丈な道具は都合よく落ちてない。救助活動をしていた時、何かをどけるために切ったり、突き刺せるものがあるとどれだけ助かるか。素手でできることは限られる。と強く感じたそうだ。

本間は当時のことを思い出しながら続ける。
「だから、モーラナイフのサンプルが届いてハンドルを握った瞬間に、これは使える。と確信が持てました。持ちやすいグリップ、取り回しのきく刃の長さや軽さ、頑丈さ、なおかつ火もおこせる。すべてが揃っていました。これが、UPIがモーラナイフを取り扱うことを決めた理由なのです。」

日頃から道具を使う習慣を

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“道具を渡しても使い方が分からなければ意味をなさない。”

本間の過去の経験もあり、道具を使えるようになるには体験が必要と感じていた。UPIの第1号店である鎌倉店ではナイフでフェザースティック(木の棒から火口を作ること)の作り方、火のおこし方、当時UPIアドバイザーであった寒川氏とスタディトレッキング®等、体験を通じて道具が使えるようになるワークショップを開始。平常時ではアウトドア用品として道具に触れ楽しみながら、有事の際には”使える道具”として活用していく取り組みをおこなった。
これがまさに、UPIが「防災」を提唱する1つの理由なのです。UPIはアウトドアの道具を売るだけの企業ではなく体験を通じて道具を使う楽しみを伝える、正しく使えるようになる、それが根底にあります。

モーラナイフから日本で必要なナイフはどんなものか問われる

UPIはモーラナイフの日本総代理店であり、定期的に本国モーラナイフとのミーティングが行われている。日本国内のユーザーの皆様の支えとアウトドア市場の伸長も相まって、モーラナイフ本国から何か日本で必要なナイフがないかを問われたことがあった。

その時に本間は「防災に特化したナイフ」をリクエストした。なぜこれをリクエストしたか、理由を聞くまでもない。そこから約1年かけ、2024年8月に発売された「コンパニオン スパーク(S) エマージェンシー」が誕生した。世界を代表するナイフブランドが日本のために作った特別な一本だ。

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プロトタイプは、黒いシースと黒いハンドルで波刃も刃先の方まであった。デザインとしては良かったが、有事の際に黒だと見えにくいし、細かなところも実用性と少し異なる内容だった。

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写真提供:本間光彦

被災経験のある本間だからこそ実現できる、”使える”真の防災ナイフをモーラナイフと何回もやり取りをし今の形にたどり着いた。一見、どう使えば良いのか分からない方も多いかもしれません。しかし、1つ1つのディティールにはきちんと”使える”意味があるのです。

 

・頑丈であることの重要性
防災用だったらコンパクトで折りたためるナイフの方が使いやすそうだ、と思うかもしれない。
実際は、サバイバルな状況であるほどシースナイフ(ナイフを鞘におさめるタイプのこと)の頑丈さと信頼感が助けになるのではないだろうか。刃とハンドルが一体になっているからこそ刃物にしっかり力を加えることができ、素手で触れるのが危険なものもナイフで動かすことができる。災害時には、綺麗な形をしたものを切る機会はあまりない。ぐちゃぐちゃな状況で何でも切れる、かわす、壊すことができるのはシースナイフならではの特徴と言える。

 

・刃元近くの波刃
波刃は、ロープを切る時に切りやすいことはもちろん、対象物に食い込んでいくので、ある程度の硬さがあっても切ることがでる。刃先ではなく、刃元近くにした理由は、可能な限り大きな力を与えられるようにするため。

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写真提供:UPI

 

・ハンドル内部に収納されたファイヤースターター
ファイヤースターターを使って、ナイフの背を擦って火をおこすことができる。
阪神・淡路大震災、東日本大震災も冬に起きた災害である。災害時に火をおこすことがあるのかという疑問が浮かびそうだが、常に防寒着を持っているとは限らない。災害時によく聞かれる3の法則をご存じだろうか。人間が生きられるのは、「空気がない状態では3分、体温保持ができない状態では3時間、水分補給ができない状態では3日、食料がない状態では3週間。」という法則だ。空気の次に優先順位の高い体温の保持に、火をおこすことができれば、一時的に寒さを凌ぐことができるようになる。

・丸い刃先
最後に刃先を丸くした理由。これは本間が、有事の時こそ使いやすいものを、と意識した結果だという。
落ち着いた判断がしにくくなる状況で、道具を使おうと思った時に怪我をしてしまったら本末転倒。刃先を丸くすることで怪我がしにくい形状にした。刃先が丸くとも力を加えれば対象物を刺すこともできるので実は刃先が必ずしも鋭利である必要はない。モーラナイフの少しのことでは壊れない、刃こぼれしない、頑丈で高品質な鋼材だからこそ実現できる工夫である。

 

 

災害の多い日本だからこそ、「備える」だけではなく「使える」防災を意識をしてみませんか?道具に触れて、使い方を確認してみてください。
食料や水を備えることも必要です、しかし、ご飯を食べるという状況は身の安全が確保できた時にやっと実現します。その前段階である、脱出・避難をより安全にできるようになるために、備えるだけでなく、使えるようになることが重要ではないでしょうか。
アウトドアという道具を通して、日常から有事の際にまで”使えるようになってみることが、自分自身や家族・仲間を助けられる一手になるかもしれません。

商品はこちら:コンパニオン スパーク(S) エマージェンシー

 

TEXT,PHOTOGRAPHY/HANAKO YAMAZAKI
阪神・淡路大震災の写真は神戸市より提供頂いています。