サウナと北欧の夏至 〜 短い夏の特別なサウナの時間 〜

冬のサウナと、夏のサウナ

北欧の冬はとても暗く、そして長い。北極圏に近いラップランドでは太陽の昇らない日が何日も続く。北欧フィンランドでサウナが2000 年前に生まれ、これまで脈々と人びとの暮らしで欠かせない存在だった背景には、きっとこの冬の存在が大きかったに違いない。厳しい寒さから身を守る為に。どんなに寒くて暗い日が続いても、サウナがあるという安心感は大きかったはずだ。

そして、サウナはただ身体を温めるだけのものではなく、精神的な安らぎを感じる場所でもあり、人びとが集う場所でもあって、日々の暮らしのなかで中心的な存在だった。フィンランドの土地を開墾する厳しい作業の後でも、戦争の最中でも、人々は心身をサウナで癒してきた。

長い冬が終わると、季節はゆっくりと春に移る。木々が芽吹き出す頃にはまだ雪が残っていて、初夏になると、一斉に植物の生命力が満ち溢れる。日本の桜のように、一年のなかでそのわずかな期間に全ての力を出し切るかのように、夏至の日に向かって、ぐんぐんと緑が茂っていく。

一年で最も陽の長くなる日、夏至。フィンランドではユハンヌスと呼ばれる。“コッコ”と呼ばれるかがり火を焚いたり、サウナに入って湖や海で泳いで、家族や友だちと夏至を祝う。冬の長い北欧に住む人たちにとって太陽は特別なもので、夏の到来を祝うのだ。

冬のサウナと夏のサウナはどこか違う。夏のサウナは明るくにぎやかで喜びに溢れている。そこでは収穫したばかりのヴィヒタやヴァスタと呼ばれる白樺の枝葉を束ねたものが使われ、夏ならではの青々しい香りがサウナに広がる。

夏至の前後に収穫される白樺

ラップランドの冬は太陽の昇らない日が長く続くけれど、夏は逆に太陽の沈まない白夜が続く。植物は、太陽の沈まない夏の白夜と暗く厳しい冬の寒さで強い生命力をその体内に宿す。ベリーやキノコ、 そ し て 春 に は 白 樺 の 樹 液 な ど 、 森 に は 豊 か な 収 穫 が あ って、ベリー摘みやキノコ採りの後にサウナに入ることもあるけれど、そ れ ら の 時 間 が サ ウ ナ の 時 間 へ と つ な が っ て い く。

白い樹皮を持つ白樺の木はフィンランド各地に自生していて、夏になるとそ の 葉 は 、太 陽 の 光 を 反 射 さ せ な が ら き ら き ら と光る。白樺は、葉 も 枝 先 も やわらかくとてもしなやか。枝葉を束ねて水に浸して、サウナのなかで蒸気で温め、身体をはたいたり撫でたりすることに使われる。

成長し過ぎた木では葉が固過ぎるし、早過ぎる木では葉が柔らかすぎる。ヴィヒタを作る一番タイミングの良い夏至の頃に白樺は採取される。夏以外 の 季 節 は 乾 燥 さ せ た も のが使われるので、フレッシュな採れたての白樺を使える夏のサウナは、やはり特別なものだ。

フィンランドではヴィヒタは自分で使うのが基本だけれど、友人や家族と一緒にサウナにいるときは、お互いに背中をたたき合う。サウナのベンチにうつぶせになり、ヴィヒタに水をたっぷりと含ませてたたき合うこともある。サウナの蒸気で温まった葉からは新鮮な香りが出て、サウナの中には初夏の森の香りで満たされる。

湖畔で過ごす夏

森と湖の多いフィンランドでは、湖畔にサウナ小屋が建っている。このサウナ小屋は、最低限必要なものしか揃っていないことが多く、ほとんどが薪サウナと体を洗うスペースと着替えをするスペースしかなくて、水道はなく、電気も通っていないことが多い。なので、サウナで使う水は湖から汲んできて、体を洗う水は、ドラム缶に水を入れて薪ストーブで温めてお湯を沸かす。

湖畔のサウナでは、サウナに入るだけがサウナではない。森の中に入って、薪を割って運ぶ。湖で水を汲んで、薪にゆっくりと火をつけることも、全てがサウナの時間なのだ。サウナから出た後は湖で泳ぐ。冬、そして春と秋も水は冷たいけれど、この短い夏だけは、水の冷たさを気にせずに泳ぐことができる。

短い夏の間、湖畔にあるサマーハウスとサウナ小屋でゆっくりと過ごすことが人びとの理想の夏の過ごしかたのひとつと言われるけれど、それは自然と繋がり、大切な人と過ごす、かけがえのない時間が過ぎていく。

友人たちと一緒に

ある年の夏至の少し前に、フィンランドの湖畔に、誕生日を祝う友人たちが集まっていた。ここには100年を超える古いスモークサウナがあって、食事をしたり散歩をしながらゆっくりと過ごした後に、 みんなでサウナに入った。女性だけのサウナのときには、 蜂蜜と塩や砂糖、ハーブを混ぜた手作りのスクラブや泥パックなどを楽しみながら入ることがある。

この日も、みんなでいろいろなパックを使ったり、ピート(泥)を塗ったりしながら、そのまま湖に飛び込んだ。冬のサウナの後に凍った湖に入る人は全員ではないけれど、夏の湖畔のサウナでは躊躇せずに飛び込む人が多い。全身につけたピートをみんなでお湯で流しながら体を洗ったり、みんなで楽しむサウナの時間がある。

このスモークサウナを使えるのは、春から夏の間だけ。秋になると、雪が降る前にみんなで掃除をして、冬の間は使わない。湖畔のサウナも、冬に使われないことがほとんど。それだけ、夏のサウナは特別なものなのだ。

北欧のサウナ

フィンランド語の「サウナ」は、おそらく世界で最も有名なフィンランド語で、幅広く蒸気浴や熱気浴のことを指して使われている。フィンランドのサウナといえば、サウナのストーブで温められた石に水をかけて蒸気を作る「ロウリュ」が欠かせないけれど、フィンランドの他の北欧やバルト三国、ロシアでも、それに似た、それぞれ異なるサウナ文化かを持っている。スウェーデンではBastuバストゥ、ロシアではBanyaバーニャ、エストニアではSaunサウン、ラトビアでは Pirtsピルツ、リトアニアでは Pirtisピルティスと呼ばれ、自然とともに暮らす文化をもつ国ならではのサウナの入り方がある。

どこでも、やはり夏のサウナは特別で、サウナのなかで植物がたくさん使われる。植生が豊かなラトビアやリトアニア、そしてロシアではウィスク(フィンランド語ではヴィヒタやヴァスタ)を使って、ウィスキングを専門に行なうサウナマスターがいる。

サウナマスターは様々な植物を使ってウィスクを作り、サウナのなかでウィスキングを行なうだけでなく、スクラブなどの施術もサウナのなかで行い、そして水で泳いだり、軽い食事をしたりと、サウナ室の外で過ごす時間も含めてゲストにサウナの時間を提供する。通常、2、3 時間ほどかけて行なわれ、 ゲストは休憩を入れながらサウナを行き来する。サウナの外に湖や川、池があれば、サウナマスターが水に浮かせてくれる。

ラトビアでは特に、夏の間は多くの花やハーブがサウナのなかで使われる。ウィスキングとは全ての感覚を使って自然からの恵みである植物の力を身体に取り入れ、身体を自然の状態へと戻していく行為なのだ。

一年のなかで、植物と太陽が最も力を持つ夏至。そして、夏至に欠かせないサウナ。季節ごとにそれぞれのサウナ体験があるけれど、夏至の頃に入るサウナには、いつもよりも自然と深くつながるような、特別な時間が流れる。

東海林 美紀(とうかいりん・みき)
東海林 美紀(とうかいりん・みき)

フォトグラファー。世界のサウナのフィールドワークを行う。ウィスキングやハマムなど、各地のサウナリチュアルを学び、その土地の植物や風土を取り入れたサウナトリートメントやワークショップを行っている。