表参道の森に流れる川。

野営地での打ち合わせ。

 2019年10月6日の午後、長野県南佐久郡川上村にあるキャンプ場に、建築家の山﨑智貴とハビエール・ビヤール・ルイズ、庭師(ガーデナー)の山口陽介、茅葺き職人の相良育弥らが、三々五々という感じで集まってきた。山﨑とハビエールは東京から、山口は長崎県の波佐見町から、相良は神戸から、それぞれのルートでやって来た。一泊分の小さな荷物だけを持って。

 アウトドアライフアドバイザーでUPIのアンバサダーも務める寒川一と、映像作家の山之内俊明は、ひと足早くその日の朝キャンプ場に着き、昼前には野営地を作り上げていた。10月初旬の、標高1300メートルを超える森の中。夜にはかなり冷え込むだろう。だが、空気は清々しく、気持ちの良い秋の日だ。彼らは余暇で集まったのではない。(かなり重要な)打ち合わせのために、この場所に集合したのだった。「UPI 表参道」(2021年1月初旬、東京、青山にオープン)。その「空間デザインをどのようなものにするか」という打ち合わせであった。このときが初顔合わせという人もいた。

「奇跡的に集まったメンバーでした」と寒川一がふり返る。「茅葺き職人の相良さん、庭師の山口さんらは、各地を飛び回り、海外での仕事も多いから、とにかくつかまえることがとても難しい。ところがコロナ渦になり、たまたま2人とも日本にいた。それはぼくらUPIにとって幸運だった。建築家の山﨑さんは、ぼくがやっている『焚火カフェ』に、客として来てくれたことがあり、お互いを少し知っていた。またその後、山﨑さんはUPI鎌倉の仕事もしていたので、UPIの世界観をわかっていた。その山﨑さんが今回、UPI表参道の空間デザインを依頼されたとき、彼は『山口さん相良さんらと一緒にやりたい』と考えた。ぼくと山﨑さんは、(UPIのめざしている世界を)どのように山口さん、相良さんらに伝えればいいのだろう?と考え、山﨑さんがぼくに、『キャンプをしましょう。UPIの考えるアウトドアを、企画書に書いて説明してもうまく伝わらない。みんなで森に集まって、寒川さんが熾した焚火の周りで顔を合わせ、その世界を体験してもらうのがいい』と言って、なるほどそれがいいとぼくも思ったんです」

 北米の中西部ダルースをベースにしたアウトドアカルチャーや、北欧で培われてきたアウトドアの世界、ブッシュクラフト、木工の伝統やスキル、野営地での煮出しコーヒー、キャンプ、焚火、サバイバル技術……、そういったすべてを「背景」にして、寒川は、UPIの世界観、フィロソフィーのようなものを、一泊二日の野営で表現していった。それは各自にとって、「新しい仕事のキックオフ」であり、同時に「心から楽しい、野営の時間」だった。

 

ブッシュクラフト、木工、焚火、フィールドでのコーヒー……、UPIの世界観。

山口陽介「小さな森、生きている庭」。

「最初の大事な打ち合わせがキャンプって、初めての体験でした。いったい何だ?と思ったけれど、結果的にどストライクでしたね。すごくよかった。あのキャンプで、クライアントが何を求めているのか、どんな場にしたいのかが感じられましたから」

 東京の一等地、表参道エリアのオフィスビルの中に、小さな森のような庭を造る。樹を植えてハンモックを吊す。川が流れ、苔むした水辺が広がる。葉は光合成をし、樹は成長し、空気が循環して、そこで焚火さえしようーー「そんな空間を作りたい」と言われて、山口陽介の心は躍った。

庭師、山口陽介氏。京都で作庭を修行、英国でガーデニングを学んだ。英国キュー王立植物園内の日本庭園を担当。

「ワクワクしました。非現実的なアイディアを現実にする、リアルなものにするということに、ワクワクして……でも反面、怖さもあった。だから、できること・できないこと、メリット・デメリットをきちんと精査していきました。

 オフィスやデパートなどに大きな緑がありますが、あれは花壇の一種。緑を置く、という考えです。UPI表参道は、外に自生している植物、日本の野山の樹木や草をこの場所に植えて、生かしながら、成長もさせる。そのような庭をビル内で造るというのは……これほどの規模のものは、初めての試みだと思います。これはグリーン=観葉じゃない。小さな森をコンセプトにした『生きている庭』です。

 今日ここに久しぶりに来たら、椿の蕾があって、木は芽吹いていた。嬉しいのは、スタッフの人がミリ単位の新芽に気づいていて、歓んでいたこと。樹木が生きている、成長していることを理解してきちんとケアしてくれている。それがすごく嬉しい」

 冬でも室内は外に比べ格段に暖かい。ここ2か月ほどで店内の草木はだいぶ生長し、苔は青々としてきた。地面に膝をつき、店内に流れる小さな川の水面に目をこらせば、メダカが泳いでいる!

「最初は、鮎を放流したかったんですよ。けっこうガチ本気で俺は言っていました(笑)。床高があと30センチ高ければ、それもできたかなと思います。でも、メダカも嬉しい。藻が元気なので、プランクトンを食べていますね」

UPI表参道には、川が流れ、メダカが泳いでいる。顔を近づけて、ゆっくり見てほしい。
UPI表参道では、時間帯で室内照明を変えているが、自然光もたっぷり入る。特に午前中の光がきれいだ。

相良育弥「茅は、自然のサイクルの一形態」。

 広々としたUPI表参道店内に置かれたアイテムで、特に目をひくものを2つあげるなら、ひとつは右奥、小さな森の一角に設置されている「サウナテント」。そしてもうひとつは、そのサウナテントの向かいに置かれた「縄文カウンター」だ。美しい円を描くテーブルの前に立って呑むクラフトビールの美味しさは格別だろう(店内にてTAPで販売している)。

 この「縄文カウンター」を作ったのが、茅葺き職人の相良育弥だ。

相良育弥氏、渾身の茅葺き作品「縄文カウンター」。店内奥の左手にある。ここでクラフトビールを一杯

「ハビエールさんがそう命名しました(ハビエール・ビヤール・ルイズ。建築家。happenstance collective/HaCoを山﨑智貴とともに共同主宰している)。長野で野営した翌日、そこから車で半時間ほどの『井戸尻遺跡・井戸尻考古館』へみんなで行ったのですが、ハビエールさんはそこで得たインスピレーションをベースに、このカウンターのデザイン案を描いたそうです。

 正直に言うと、作るのはとても大変でした。茅葺きは、小さなものほど難しいんです。この円形のテーブルには、内側にものすごい密度で茅が詰まっています。最初、どうやったらできるんだろう?と思い悩み、その後は、これまで自分が培ったすべての技術、経験を総動員して、そのすべてを混ぜ合わせて作り上げ、最終的に、縄文で収めた、というような(笑)。

 こういうものを作っている茅葺き職人は他にはいないと思います。僕は、茅葺き職人のメインストリームからは外れている。異端です(笑)。でも、茅葺き屋根と、この縄文テーブルと、僕の中でそこに境界線はないんです。屋根だけじゃない、テーブルも壁も椅子も、なんでも茅で作れるんですよ。だから僕は、自分がやっていることを『草原文化』というイメージでとらえています。

 茅って、なんとなく植物が枯れて終わったもの、みたいなイメージもありますよね。それ、違います。茅は、植物のサイクルの一形態なんです。たとえば屋根の茅なら、十数年に一度、葺き直さないといけない。そのとき、古い茅は土に還します。そしてその土で野菜や米を作り、僕らは食べる。あるいはその土から茅になる植物が育ち、それがやがて茅葺き屋根になる。こういうことが日本各地で、古来おこなわれてきた。茅葺きとは、ものすごくダイナミックな時間の一部だと僕は思います。

 茅葺きは、伝統として語られることが多いですが、実は、未来へと繋がる技術、デザインでもあるんです。たとえばオランダでは、エコやサステイナブルの観点から茅が今も住宅などに使われているし、イギリスでは、茅葺きはヴィンテージとして捉えられ、若い人たちは茅を自分たちの住宅や暮らしに積極的に取り入れています。

 今回、表参道にこのような作品を置き、人々に見たり触れたりしてもらえることを、とても嬉しく思います。縄文カウンターの茅は、九州、阿蘇の茅です。これを見て、九州への想像をふくらましてくれたら、さらに嬉しいですね」

茅葺き職人にして、「日本の茅葺き界の異端児」と自らを呼ぶ、相良育弥氏。
建築家のハビエール・ビヤール・ルイズ氏。スペイン、バルセロナから日本へやって来た。

山﨑智貴「いろんな偶然が重なると、思いもよらないことが起きる」。

 UPI表参道の店内に入ると、空間の右半分に小さな森が広がり、左半分に商品が並んでいる。表参道の人混みを抜けてここに着くと、深呼吸したくなるだろう。このような風景、空間の全体像を、建築家の山﨑智貴は最初から考えていたのだろうか。また、山口陽介(庭師)、相良育弥(茅葺き職人)という個性あふれる(異端の)2人に、どのように何をディレクションしたのか。

「ほぼ2人に委ねました。もともと技術やクオリティがしっかりしている人にお声がけしているので、基本的な情報を伝えたら、あとはできるだけ委ねます。そこから僕が、こうして、ああしてと押しつけてしまって彼らの自由を奪ったら、面白いものが出てくるチャンスが小さくなる。僕のイメージを遙かに超えるものを出してきてほしかったから、彼らに委ねました。

 思ったとおりのものが、その通りにできても、あまり面白くないですよね。いろんな偶然やハプニングが重なり、思いも寄らない化学反応が起きると、当初想定していたよりずっと良いもの、奇跡的に素晴らしいものが、できあがることがあります。紙に書いてある通りに進めるだけだと、驚きは少ないと思う。

 そして、驚きは、人と人との会話から生まれてくることが多いですね。作業中に職人さんがふと言った言葉がきっかけになったり。そのような現場での気づきを、どれだけ積み重ねていけるか、それが大切だと思っています。

 意図は持たず、偶然によって誘発される素晴らしいことが起きる環境を育んでいくこと、それも自分の大切な仕事だと思っています。常に余白を持ちながらやっていけるかどうか。今回このUPI表参道では、秋のキャンプからずっと、びっくりするような偶然、奇跡のようなことが、次々起きたように思います」

建築家、山﨑智貴氏。以前、寒川一氏の「焚火カフェ」を、いち客として体験していた。

「自然には終わりがない」と庭師の山口陽介は言う。

「終わりがないというか……ずっと生きる。動物も、植物も、みんな大きなサイクルの中で生き続けている。そのサイクルに終わりはない。人間もその一部。俺の中の自然の概念というのは、サイクル。大きな樹があって、種が落ちる。周りに新しい木が育ち、やがて大きな樹は倒れる。倒木や根の方からひこばえが生えてくる。新しい森が育つ。終わりがないそのサイクルが、『自然』だと思う」

 この1月に誕生したばかりのUPI表参道。その店内にある小さな庭が、10年後、20年後にどんな森になっているのか。都会のビルの中の森はどのように育っていくだろうか。今、店内に植えられた切り株からは、青々としたひこばえが生えている。

山口陽介氏が、「サイクル」と呼んだ自然が、ここにある。循環。見て、触り、匂いを感じてほしい。

Photography by AZUSA TAKADA
Interview & Text by EIICHI IMAI

山﨑 智貴(やまさき・ともき)
山﨑 智貴(やまさき・ともき)

建築家。happenstance collective[HaCo]共同主宰者。

Javier Viller Ruiz(ハビエール・ビヤール・ルイズ)
Javier Viller Ruiz(ハビエール・ビヤール・ルイズ)

建築家。happenstance collective[HaCo]共同主宰者。

山口 陽介(やまぐち・ようすけ)
山口 陽介(やまぐち・ようすけ)

西海園芸代表。庭師。京都で作庭を修行、英国でガーデニングを学んだ。英国キュー王立植物園内の日本庭園を担当。国内外に数多くの作庭実績を持つ。

相良育弥(さがら・いくや)
相良育弥(さがら・いくや)

茅葺き職人。株式会社くさかんむり代表。茅葺きを今にフィットさせる活動を展開中。平成27年度神戸市文化奨励賞受賞。