その場の空気を切り取ったような美しい風景描写や自然と人間が織りなす神話的な物語など、独自の世界観の作品を生み出し多数のファンを抱える漫画家・五十嵐大介さんは、かれこれウールパワーを20年近く愛用しているという。
今回の取材では五十嵐さんの鎌倉の仕事場にお邪魔することに。インタビュー前半では五十嵐さんとウールパワーにまつわるエピソードを伺った。
▲五十嵐大介さんの作品の一部。漫画だけでなく、絵本や書籍の装丁イラストなど、活躍は多岐にわたる。
ウールパワーとの出会いとエピソード
——早速ですが、ウールパワーとの出会いは?
五十嵐大介さん(以下五十嵐) 実はいつから、どこで、っていうのは覚えていないんです。私の記憶の中では寒い時に着てたイメージがあるので、もしかしたら岩手にいた頃なのかなと思ったんですけど、岩手だと(お店がないので)どこで手に入れたか説明がつかなくなるんですよね。もしかしたらたまに東京にきた時に買った可能性もあるんですけど、とにかく全然記憶が曖昧で。
— ウールパワーのジャケットがあってよかったというエピソードがあれば
五十嵐 2023年の10月下旬に、以前住んでいた岩手の衣川村(現在の奥州市)でイベントがあって、屋外で対談をする必要があったんです。暖房が全くない中で、さらにその日だけものすごく気温が下がるという予報だったので、その時にウールパワーのジャケット(フルジップジャケット 400)を着ていったんです。
——衣川村は『リトルフォレスト』の舞台になった場所ですよね。
五十嵐 そうですね。以前住んでた場所が舞台で。衣川でのイベントと、そのあと東北本線から釜石線で遠野に移動して、2泊くらい。その頃はずっと暖かかったんですけど、イベント当日だけ0℃近くまで気温が下がっちゃうという予報が出ていて。遠野ではとにかく歩き回ろうと思っていたこともあって、コートを着てっていうのも邪魔なんで、ウインドブレーカーを羽織って、中にこれを着てけば凌げるんじゃないかなと思ったんです。
▲『リトル・フォレスト』(講談社)は五十嵐さんの岩手での暮らしをもとに描かれている。
夜に、雨から雪になりそうな中で、参加者の方たちと料理や焚き火を楽しみながら、キャンプ場に泊まって。 これ(ウールパワー)のおかげで、実際なんとか凌ぐことができて楽しい時間を過ごせました。
今のものは2代目ですね。イベントの後に新調したんです。こっちはまだ新品同様です。
モノ選びの価値観
——ものを買う・手に入れる時の基準、みたいなものはありますか?
五十嵐 結構見た目は重要かもしれません。性能がすごくいいものか、見た目の好みか、かなぁと思います。そもそもそんなに物を買わないんですけどね。こういうもの(ウールパワー)はかなり性能重視で選んでます。衣川に住んでた時に寒いのが怖くなっちゃったんで、命に直結するので、それこそ今だってこんなに厚着しなくてもいいんですけど、もしかしたらこの後急に寒くなったら、と考えちゃう癖が残っています。
——寒さが怖くなった?
五十嵐 衣川に住んでいた頃の話なんですが、真冬のよく冷え込んだ、すごく晴れていた日だったんですけど、田んぼ二つくらい挟んで100mくらい離れたお隣さんの家から煙が出てたんですね。多分焚き火してるんだろうなと思ったんです。でも以前その集落で火事があったことがあったので、一応見に行こうと思って。ちょっと見てすぐ戻るつもりだったんで、そんなに厚着しないで出かけたんです。案の定焚き火だったんですけど、そこのお婆ちゃんと立ち話したんですよ。それでも5分かそこらだったと思うんですが、「すごい薄着だねぇ」なんておしゃべりして。うちに戻ってからすごい頭痛が始まったんです。冷えすぎちゃったんですね、頭が。結構長いこと痛くて。それで、ちょっと出かける時でも帽子被るとか、ちゃんと着込むようになりました。
長く使うためのデザイン
——頻繁に買い物をするわけではないと仰いましたが、ものを長く使うタイプですか。
五十嵐 そうですね。長く使います。そこらへんで買った服でも本当に着れなくなるまで着潰すので、何年もずうっとおんなじものを着てます。だからいいものを買えばいいんですけど、面倒くさがって手に入りやすいものを買ってしまいます。なんとかしたいんですが…。
——いいことだと思います。
五十嵐 そうなんですが。ね。
——ウールパワーが “Scandinavian Outdoor Award” という北欧のアウトドアコンペティションに、11年ものの毛玉だらけの製品を出品した背景にも、良いものを長く使い続けることの価値を示す意図があったのですが、商品自体があまりモデルチェンジをしないブランドなんです。
五十嵐 そうですよね。私もこれ(二代目のジャケットを持って)、最初に買った(20年前の)ものと全く同じだなって思ったんです。絶対モデルチェンジしてるだろうなと思ってたんでびっくりしました。
▲スカンジナビア発のアウトドアブランドの中から機能性やデザイン、持続可能性などを基準に最優秀製品を表彰するコンペティション“Scandinavian Outdoor Award” においてウールパワーは2023-24年秋冬の総合優勝を飾った。11年前に購入された毛玉だらけの「ジップタートルネック 200」が、長い年月をかけてもその機能性を維持し、快適性だけでなく、耐久性に優れ、持続可能であることが評価された。
——どんなにメーカーが優れた製品を開発しても、消費者が毎年毎年新しいものを買ってくれる(しまう)ことは悩みとしてあって、いいものを作って、どんどんアップデートされていくと、前のモデルも十分いいものだったのに、新しいものを買って(買われて)しまう。
五十嵐 商売なので仕方ない部分もあるとは思いますけど、すごく大切な考え方ですよね。
——スウェーデンでは毛玉がついた年代物のウールパワーをお互いに見せ合って、毛玉が多いことを自慢することもあるそうです。
五十嵐 そうなってくれるといいですよね。映画(リトルフォレスト)の撮影の見学で岩手に行った際にもコートの下にフルジップジャケットを着て行って、その時は(毛玉が)恥ずかしいななんて思ってコート脱がなかったんですけど、自慢できることはいいですよね。羨ましい。
——お持ちのウールパワーも毛玉、結構できましたか?
五十嵐 だいぶできました。最初の方に洗濯機にそのまま入れちゃったんですけど、ネットにでも入れればよかったかななんてちょっと後悔しました。でもずっと着てました。
——今着ていらっしゃる「ジップタートルネック 200」は。
五十嵐 これも2代目のジャケットと一緒に買ったんです。これ実は外行き用で笑。普段着てるやつもあるんです。(部屋の奥から「ジップタートルネック 200」がもう1着登場)何年ものだか覚えてないんですけど、、、これは毛玉が結構あって。
▲たっぷりと毛玉をたくわえたウールウェアには、その人が使い込んできた歴史が刻まれているように思える。
— いい毛玉ですね。
五十嵐 褒めてもらって嬉しいです笑
製品タグの秘密
——実は商品のタグにも秘密があって、作り手の名前がわかるようになっているんです。
五十嵐 へー!そうなんだ。
▲ウールパワー製品には縫製担当者の名前入りタグが縫い付けられている。スウェーデンのWEBサイトを覗くとあなたの製品を作った人と出会えるかも。(https://woolpower.se/en/contact/coworkers/)
——なので、五十嵐さんの着ているこちらを作ったのは Ing-Marie Norell さんですね。普通洋服は分業で作られると思うんですが、ウールパワーってほとんどの工程を一人で担当するんです。
五十嵐 じゃぁ担当者が製品を持って作業場を移動していくんだ、すごい。ものによって(作り手の名前が)違うんですね。知らなかった。家内制手工業みたいにやってるんですね。
——スウェーデンの話になりましたが、五十嵐さんの作品の中には北欧を扱った物語はありますか?
五十嵐 あります。『魔女』という漫画の中に収録されている「PETRA GENITALIX」という短編が北欧イメージです。舞台は架空の場所ではあるのですが、モデルというか、そちらの文化圏のイメージで書いています。後はドイツ北部なんかも。描いてる間ずっとブルガリアンヴォイス(ブルガリア地方の伝統的な民族音楽)のCDをかけていました。だから今でも漫画のページを開くと、その音楽が頭の中で流れてきちゃいます。
▲『魔女』(小学館)。PETRA GENITALIXは第2集に収録されている。
五十嵐さんの仕事場
——仕事場を見せていただいても?
五十嵐 基本的にはここに座って仕事しています。ちょうど今は漫画の原稿を書いているところです。昔は自宅で仕事してたんですが、子供が大きくなって、手狭になっちゃったんで追い出されるようにして仕事場を借りることにしました。資料をたくさん広げて仕事をするための環境を作るのが大変で、床に置いちゃえばいいってことでこのスタイルに。
▲座椅子に座り、周囲の床に資料を並べて仕事をする。作業スペースがとても低いのが特徴的。
——この辺はアウトドアに関する書籍が並んでますね。
五十嵐 そうですね、この棚はビジュアルの参考になりそうなものを。俳優さんの顔の資料だったり。本はたくさん買っちゃいます。自宅の方にも山積みになってます。
▲図鑑、雑誌などの書籍からいきものの立体フィギュアまで様々な資料が並ぶ。
五十嵐 作業台はもう一つあります。こちらでは今描いてる作品に登場するものなど立体物を木や革で作っています。マトリョーシカとか。手を動かしてるうちにいろんなことを思いついたりするんです。本当は石彫をやりたいんですけど、職業病で腕の関節を痛めていて無理でした。
▲押入れを改造した作業スペースには漫画以外の立体作品が所狭しと並んでいる。
五十嵐さんの仕事場は、漫画家というよりクリエーターというべきような、ものづくり全般に対する様々な興味・関心で溢れている。そんな作品づくりのためのインプットに欠かせないのは「歩くこと」だとか。こちらはインタビュー後半で。
Photography by NEIL KUKULKA (UPI)
Interview & Text by SHU SAKUMA (UPI)