ラップランドの長い冬とサウナ 〜フィンランド北極圏の暮らし

太陽の昇らない冬

 ヘルシンキのこの日の気温はマイナス24度。ヘルシンキからラップランドに向かう飛行機の中で、到着地の気温はマイナス36度とのアナウンスが入った。雪が降って凍てつく寒さのなかで、ホテルに着いてすぐにサウナに向かった。日本の旅館やホテルの大浴場のように女性と男性に分かれたゲスト向けのサウナがあって、そこは外に出て外気浴ができるようになっていたのだけれど、「外には一人で出ないでください」との張り紙が。確かに、この気温のなかで外に裸で出て扉が開かなくなってしまったら危ない。

 翌日、キルピスヤルピを目指した。人口はわずか100人ほどの、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの三国の国境をまたぐフィンランド最北西の地だ。フィンランドはどこまでも平らな森と湖が広がっている静けさが印象的な国だけれど、ここキルピスヤルピにはフィンランドでは珍しく、1000mを越すサーナ山がある。多くの神話に登場する神聖な山とされていて、その麓にキルピスヤルピの人々が暮らしている。

 スノーシューを履いて、サーナ山とキルピスヤルピの村が一望できる小高いサルミパーラという丘に登った。ガイドの男性から、「今日は太陽が見られるかもしれない」と聞いた。北極圏に位置するラップランドは、夏の間は太陽が沈まず、冬の間は太陽が昇らない「カーモス」と呼ばれる極夜がしばらく続く。この日は、それがちょうど終わる頃なのだという。

 村を出発して丘を登り始めると、サーナ山が太陽に照らされはじめ、ちょうど頂上に着いた頃には朝日を浴びて木々がきらきらと輝いていた。ラップランドでカーモスを体験していない私にとってもその太陽の光は特別に感じるもので、雪の下の植物たちが一斉に目覚め始めるような、強烈な光だった。「今日は太陽が出たね。見た?」と、その日は何人もの人に声をかけられたけれど、太陽の昇らない長く暗い冬を過ごしてきたラップランドに暮らす人々にとって、この太陽は待ち焦がれていたものだったのだろう。

 同じ日の夜、少し風があって空が澄み切っていた。ロッジで夕食の時間にふと窓の外を見ると、オーロラが出ていた。それは空を舞っているかのように刻々とその姿を変えながら、サーナ山の上に広がっていた。その日のオーロラはとても強くて長く、眠る前に軽く入ったサウナの中からもオーロラが見えた。透明なドーム型のロッジでベッドの中から見るオーロラも特別だけれど、サウナの中からみるオーロラもまた特別だった。

 厳しい冬の寒さと暮らし

 ラップランドはサーミの人々が暮らしてきた地でもあって、サーミの人が「トナカイとともに暮らす生活は何よりも大切なもの」だと教えてくれた。トナカイ牧場を訪れると、ちょうどエサの時間で、トナカイが一斉に集まってきた。円錐形のテント「コタ」は、サーミの人たちがトナカイを追うときに使う一時的な住居。その中で火を囲みながら、マッカラ(ソーセージ)を焼いて、白樺の木のこぶから作られたカップ「ククサ」でコーヒーを飲みながら、サーミの人たちの話に耳を傾ける。

 まつげが凍り、手がかじかんでしまうような寒さでも、外に出ている人たちが多いことに驚く。道路はクロスカントリーができるように整備されていて、スキー板で移動している人もいるし、立ちながら片足でソリに乗って犬を散歩させている人もいる。凍った湖の上や雪が積もった森での移動にはスノーモービルも欠かせない。そして、犬ぞりもある。どんなに寒さが厳しくても、家にはサウナがあるという安心感はとても大きく、夏のサウナも特別だけれど、冬のサウナは寒さから人々を守るためにも欠かせないものなのだ。

サウナがある長い冬

 別の冬のクリスマス前に、ラップランドのロヴァニエミからさらに北に行ったキッティラという街でサウナに入ったことがある。この日の気温もマイナス36度。車が凍らないようにと、車をケーブルに繋いで車を降りて、お宅にあるサウナにお邪魔した。

シャワールームの隣に設置されたサウナは薪サウナ。薪を焚べながらサウナを温める。フィンランドをはじめ、北欧の国々の家はセントラルヒーティングが導入されているので、窓の下の壁にはパネルヒーターが設置されていて、24時間部屋が暖かい。「ラップランドの冬はマイナス40 度になることもあるし、もしもこのシステムに問題があったときに、薪サウナがあれば確実に部屋全体を暖かくできるという安心感があるから、家では薪ストーブにしているのよ」と教えてくれた。もちろん、スイッチを入れるだけでサウナを温められる電気ストーブのサウナを使っている家も多く、常に電気でサウナストーンを温めて、入るときに蓋をあけて水をかける蓄熱タイプのサウナを使っている人も多いのだとか。

 みんなでサウナに入りながら写真を撮っているときに、「もう少し笑ってもらってもいい?」と聞くと、「フィンランドのサウナは静かに、厳しさのようなものを感じながら入るものだから、今日のサウナはにこやかに笑いながら入るイメージでなくてもいいんじゃない?」と言われた。友達や家族で賑やかにサウナに入ることもあるけれど、やはりサウナはここの自然の厳しさと一緒にあるものなのだと思う。

 湖畔や海沿いのサウナに行ったときや、プールがあるホテルのサウナではサウナの後で泳ぐことはあっても、家庭のサウナに入るときには外気浴だけのことがほとんど。この日はマイナス36度だったけれど、サウナから出ると、一瞬外に出てみんなで体を冷やした。湿度を含まない寒さなので、体感温度としてはそんなに低くは感じないのだけれど、雪に飛び込んでスノーエンジェルを作るような気分にはなれなかった。それでも、冷気に触れながら冷たい空気を体の中にも吸い込んでから、またサウナの中に戻った。

 サウナの後はおしゃべりをしながらの軽食タイム。サウナの合間や後に食べるものにはいろいろあるけれど、ラップランドでは特に「レイパユースト」というチーズを食べたくなる。平たく円盤上に形成されたチーズを高温でグリルして焼き目をつけたもので、噛むとキュッと音がする、独特の食感のチーズ。クラウドベリーのジャムをつけていただくのだけれど、サウナの後になぜかとても合うのだ。

 お菓子をつまみながら、もうすぐやってくるクリスマスについて話した。家族や友人と集まったときのクリスマスに入るサウナも特別なもの。クリスマスに入るサウナは「ヨールサウナ」と呼ばれ、日本で大晦日にお風呂に入るように、1年間の汚れを落とすような意味もあるという。夏も冬も、人々の暮らしはサウナと共にある。

PHOTOGRAPHY & TEXT:MIKI TOKAIRIN

東海林 美紀(とうかいりん・みき)
東海林 美紀(とうかいりん・みき)

フォトグラファー。世界のサウナのフィールドワークを行う。ウィスキングやハマムなど、各地のサウナリチュアルを学び、その土地の植物や風土を取り入れたサウナトリートメントやワークショップを行っている。